第51話

 大樹海の中に存在するイースメイムは都市というよりは里という表現の方が近い。

 周囲は深い森に囲まれており、リリーたちの頭上には大樹の太い枝が伸びているのが見える。

 ひんやりとした空間の中に太陽が所々降り注ぐその心地の良い気温が肌を伝った。

 ここの人々が住処としている場所は大樹の太い枝の上やそれを切り抜いた中であったりと彼らは自然の中に溶け込むように暮らしているようであった。

 リリーたちが馬車で通ってきた道を振り返ると広がっていた木々はいつの間にか閉ざされており、ここも魔術の結界によって守られている場所だと分かる。


「ここ、大きな木がいっぱいあって、すごいところです」

「ああ。でもなんか嫌な感じがするな……」

「…………」


 マホ・メモリックの後をついていく中でリリーたちにいくつもの視線を向けられているようであり、それは歓迎されているものではなかった。

 この嫌な視線は余所者がここに来たことに対しての嫌悪感を露わにしたようであり、歓迎されているような雰囲気ではない。

 やがてここで最も大きな大樹にたどり着くと、そこに作られた扉を開けリリーたちはその中へと入る。

 内装は至って普通の家のようであったが、その中心には魔法陣が刻まれているのが見えた。


「ではここにお乗りください」


 彼の指示に従い全員が魔法陣の中に入ると、マホがその魔法陣に触れる。

 すると青い光が魔法陣から湧き上がると、リリーたちは乗せられるように浮かび上がった。


「わぁっ!」

「……!!」

「う、浮かんだ!?」


 天井を見上げるとぽっかりと丸く空いた箇所があるとリリーたちはそこを超えてどんどん上がっていく。

 やがて魔法陣はゆっくりと速度を落としていくと一番高いところまで辿り着き、豪華な装飾がされている扉の前で止まった。


「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。イースメイムの魔術は一流ですから」

「うっ……」


 ドラゴンに乗る時とは違う浮遊感に戸惑っていたリリーたちの様子をマホは鼻で笑いながら扉につけられた取っ手を掴むと三回ほど叩いて鳴らした。


「マホ・メモリックです。エリウムから竜騎兵ベリル様が到着されました」



 ────


 扉の先には客人用に配置された二つのソファーとテーブル、その奥にヴォ・リックはいた。

 机に置かれた書類を目に通していたらしく、リリーたちが訪問するとそれらを整理して立ち上がった。


「これはこれは……竜騎兵の皆さんがここに何の御用で?」

「こんにちわヴォ・リック様。今日はエリウムからの使者というていでお尋ねしに参りました。これを……」

「ほーう……」


 ベリルは一礼を済ませて懐から一通の封書を取り出す。

 近くにいたマホを経由してその封書をヴォ・リックに渡ると封を閉じている蝋印が聖竜教のモノだと知ると興味を示しながら丁寧に剥がして中身を見た。


「……なるほど。事情は分かりました。つまりはアレですか……。帝国の目的はこちらにある大霊脈であると。そして侵攻してくる帝国に対して君たちが派遣された……と」

「はい。手紙にも書かれている通りでエリウムでは帝国に対しての対抗手段を整えている状態です。ウエスメイムの方も同じ使者を送っています。どうか少しでも時間を稼ぐために我々と協力してほしいのです」

「…………」


 ベリルの言葉を聞いて部屋に緊張感が漂い始め静かになる。

 その圧にリリーはゴクりと唾を飲んだ。


「ふっ……くっくっく……」

「……?」

「あーっはっはっは!」


 この張り詰めた空気を終わらせるように手に持った手紙を掴んだままヴォ・リックは笑う。

 その口を大きく開けながら笑い方に、思わずリリーたちはギョッとしたような表情をしながら黙って見るしかなかった。


「ヴォ・リック、様……?」

「いやぁ失敬失敬。さすがにおかしくてこれには思わず笑ってしまったよ」

「……何処か不明な点でも?」

「いやね、帝国がこちらに攻めてくるしてくるから我がエリウムから優秀な兵を派遣する。それでなんとか時間を稼いでくれって……。……バカにしているのかね?」


 ヴォ・リックの最後の言葉を皮切りに空気が凍り付いていくのが分かる。

 感受性の高いリリーとラティムは体が硬直してしまい、ベリルの横で飛んでいたアイリスも彼の後ろに思わず隠れながら睨みつけている。


「この大陸には三つの国があった。その中で最も影響力のあった国、それが君たちの住むエリウムだ。何故君たちがこれほどまでに影響力があったと言えるか。答えられるか?」

「それは……一度目の戦争で我が竜騎兵団による援軍と、エリウムが主導して対立関係だったウエスメイムとイースメイムの仲を取り持ったからで……」

「そうだ。だが考えてみてほしい。なぜ我々イースの民がウエスのような野蛮な連中と手を取り合わなければなかったのか。それはね、エリウムが両国よりも竜騎兵という圧倒的な軍事力を保持していたからに過ぎないんだよ。誰しも強い力を見せつけられれば仕方なく従うしかあるまい。それで、君たちの軍事力を支えていた竜騎兵団は今どこにいる?」

「……っ!!」

「まさに風前の灯……といったところか。それに兵の練度はそちらよりも及ばなくてもこちらには大樹海という地の利がある。帝国如きの侵攻など我が領土で戦うのであれば十分に対応可能というわけだ」


 ヴォ・リックは持っていた手紙をベリルたちに向けて雑に放り投げると不敵な笑みを浮かべた。


「そう考えると手紙の内容は変じゃないのか? これにはいかにも"協力をしろ"と言わんばかりの内容だ。逆ではないかね? 『襲われそうなイースメイムをエリウムが援助する』ではなく『エリウムには援助が必要であり、イースメイムの力が借りたい』……と、そう綴るのが自然では?」

「おい! その辺に……」

「……っ!」


 ヴォ・リックの不適切な発言に思わず身を乗り出そうとしたピークコッドをベリルが手で制する。

 イースメイムは帝国に対抗するための連盟国の一員ではあるがそれはあくまで帝国に対してのみという協力関係だったに過ぎないのが今のヴォ・リックの発言で容易に想像できる。

 しかしヴォ・リックの態度を見るに三ヵ国の中でイースメイムが最も影響力のあるようにも感じる。

 恐らくこちらには知らされていない帝国に対しての何らかの対抗手段は持っているのだろう。

 どちらにせよエリウムが力を失うまでイースメイムが静かに牙を研いできたということには変わりはない。

 だからと言って、協力関係を結ぶ封書を持ってきたとしてもエリウム側が不利な条約になるのは目に見えていた。

 引き下がるわけには行かなかったがあまりにも不利なこの状況にベリルは奥歯を噛みしめるしかなかった。


「まぁ私は君たちの判断を待つよ。どうするか、を」


 こちらの考えを見透かしているようなヴォ・リック。

 手のひらで踊らされているような不快感を押し殺し、ベリルは静かに口を開いた。


「……もし」

「うん……?」


 ヴォ・リックの問いにベリルは声を振り絞る。

 その両手は固く握られており、そして真っすぐ彼の目を見てはっきりと喋った。


「もし、帝国がイースメイムに攻めてきて我々がそれを食い止めるほどの戦果を挙げられたとしたら。この手紙にある協力関係は維持されますか?」

「君は……自分が何を言っているのか、わかっているのかい?」


 ベリルの言葉は竜騎兵というたかが一個人が言ってよい発言ではなく、捉え方によってはその意味は国を背負うことにもなる。

 この判断は明らかにベリルよりも上の立場の者に一度話を通すべき内容であるのはベリルも重々承知であった。

 しかしこちらには時間がない。いくらイースメイムが大樹海による天然の防壁があるとは言え帝国はこちらで確認されていない未知数の兵器などを所有している可能性がある。

 それらによって時間を掛けずに突破されてしまう可能性も十分にあるわけで、そうなってしまえば手遅れになってしまう。

 この先も互いが対等の立場にいるためにもこの提案をヴォ・リックに飲ませるしかなかった。

 だが失敗すればエリウムの権威は今よりもさらに落ちていき、悲惨な未来になるだろう。

 対等の立場で返答するのであれば今このタイミングでしかない。

 ベリルは腹を括るしかなかった。


「…………」

「…………」


 この場にいる全員がヴォ・リックの反応を静かに待つ。

 その間でもベリルは怖気ることなく、しっかりと彼の目を見ていた。



「……いいだろう。君らが活躍したらその事を考えようじゃないか」

「……!!」

「ヴォ・リック様!?」


 ヴォ・リックの言葉にマホを除く全員が一つ目の修羅場を終えたようにホッと胸を撫でおろす。

 マホが何か言いたそうな顔をしたがヴォ・リックは手でそれを制すると静かに口を開いた。


「では係の者が君たちが宿泊する場所を案内してくれる。帝国兵やつらがくるまでそこで英気を養ってくれ」

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