第50話

 マルティナスが討たれたあの悲劇から数日後、リリーとラティム、そしてピークコッドはベリルと共にアイリスの背中に乗って大空を翔けていく。

 あの時は暗い曇天模様であったが今の空は反対に晴れやかな青空が広がっており、リリーたちはこの大空を飛んでいく途中で正面から魔法陣のような模様が薄っすらと見えてきたに気が付いたがアイリスはその模様に対して何も気にすることなく突き破っていった。


「あれが聖竜教の結界魔術か。正直噂だと思ってたけど本当にあったんだな」


 通り過ぎる瞬間にパチり、と静電気のような乾いた音だけが鳴るだけでこちらには異常はない。

 一番後ろに乗っていた三人が振り向いてその結界魔術を見てピークコッドがぽつりと呟いた。


「前の戦争で発動したことはあっても、ここまで帝国が攻めてきたことはないからね。あの時にその場にいなかったら実感が沸かなくても仕方ないさ」

「それで、やっぱりあの結界って凄いのか?」

「そうだね。広さ的にエリウムのほとんどを囲んでいるよ。もし敵が入ってきたらそこから弱体化の魔術が強制的に掛かるような仕組だから」

「え!? じゃあさ、この中って俺たちも弱くなっちまうってこと?」

「それは大丈夫だよ。僕らは聖竜教の加護があるからね。でも入信してない人はそうなるかもしれないけど……」

「なるほどね。よかったなリリー。俺たちがあそこに離れても問題ないってさ!」

「うん……」


 ピークコッドの後ろにいるリリーに声を掛けたがリリーの反応は薄い。

 その顔はどこか俯いており、表情が暗かった。


「……リリー、団長の事だけど……そうやって思ってくれるのはありがたいよ。でも今は戦争中なんだ。きっと団長もこうなることは覚悟していたと思うよ。だからリリーがあんまり気を病む必要はないからさ……」

「そうだぜリリー。今は前を向くっていうのが大事だと思うぜ?」

「……はい」

(……こりゃあ、結構な……)


 励まそうとする二人だったがリリーはあの時のことをまだ引きずっているようで、ピークコッドは困ったように頭をポリポリと掻く。

 実際マルティナスはリリーにとって初めての姉という存在ができた人物であり、あの悲劇がいつまでも頭から離れずにいるのだろう。

 そしてリリーのその不安はラティムも伝播したのか、リリーの体に回した腕が少し強かった。


(ラティムも大丈夫かな……。でも……わたしにできることって……あんまない……)

「そろそろ見えてくるよ。目的地に」

「グアッ!」


 自慢の飛行速度で飛ばしに飛ばしているアイリスの鳴き声とベリルの声でリリーたちは顔を上げてその先を見る。

 エリウムの街道を抜け、さらに先まで行くとそこには森が遠くの奥まで覆われている場所、イースメイムへと辿り着いた。


「うおおっ! すっげぇ! 本当に森ばっかなんだな!」


 初めて見た大樹海の光景にリリーたちは驚きの声を漏らす。

 "森の海"と比喩されるそれは地表が見える部分は木々によって埋め尽くされており、唯一見える大地は段々となっている崖の壁ぐらいであった。


「なんだか、すごく懐かしい感じです」


 この光景を見たリリーが思わずそれを漏らす。

 ここまでほどではないが、リリーが暮らしていた村の周辺も似たような感じの森が広がっており、緑色の絨毯のような景色は安心感すら感じた。

 そんなことを思っているとアイリスは少しずつ高度を落としていき、やがて大樹海の入り口にある地表部分にリリーたちは降り立った。


「お待ちしておりましたベリル様」


 リリーたちが降り立った場所で待っていた小さな人物がベリルに声を掛ける。

 それはガルダ平原で指揮をしていたマホ・メモリックの姿であった。


「マホ様がわざわざお出迎えとは、大変恐縮です」

「いえいえ。大事な客人ですのでこれぐらいは……。きっとヴォ・リック様もすぐにお会いになりたいでしょうから」

「それは……そうですか」


 リリーたちがここイースメイムに訪れた理由にイースメイムにもう一度協力してもらうためにヴォ・リックを説得するためであった。

 フレデリックは今、始祖竜の像の力を借りて、同胞のドラゴンたちの居場所を探している最中である。

 帝国軍の大半はウエスメイムへと動きを見せているが、大霊脈のあるイースメイムもいつ押し寄せてくるかわからない。

 時間を少しでも稼ぐために手の空いているイースメイムの力が必要であったのだ。


「まぁここで長話してもあれでしょう。どうぞ、こちらの馬車で向かいましょう」


 マホがそう言って指をパチンと鳴らすと、どこからともなくユラりと蜃気楼のように空間が揺れ、そこから馬が馬車を引いて現れる。

 その馬は胴体が青白い毛色をしており、白いたてがみが溢れ出る魔力によって揺れている。


「これって……教科書の中で見たような……」

「おや、お目にかかるのは初めてですか? あまり時間を掛けたくないですから。今回はこの幻魔馬に引いてもらうことにしたんです」

「そう幻魔馬だ! イースメイムでしか見られない馬で送ってもらえるなんて贅沢すぎるだろ! さっさと乗ろうぜ!」


 興奮するピークコッドを先頭にそれぞれが馬車の中に入っていく中、リリーは乗ろうとするまえに周囲をキョロキョロと見渡す。

 少しだけ感じた違和感に疑問を覚えながら、リリーはピークコッドの手を借りて馬車の中に入っていった。


 ────


 全員が馬車の中に入ると、馬車の前部から青色をした御者が現れると、幻魔馬に鞭を打って勢いよく足を走らせると、森の中へとそのまま突っ込んでいった。

 馬車の窓から見るそれは不思議な光景であり、木々によって明らかに道ではない狭い所を走っているはずなのに、周囲の木々たちが先頭を走る幻魔馬のためにどいているように見えた。


「幻魔馬は竜騎兵の乗るドラゴンとまではいきませんが非常に優秀な騎乗馬です。すぐに私たちの住処に辿り着くでしょう」

「すげぇ……この森の中にそういう道があるのか? というか森が道を作っているみたいな……」

「イームメイムの地は大霊脈によってこの大樹海自体が大量の魔力を持っていますから。それにある魔力を利用した道を走っているのです」

「なるほどなぁ……。ところでリリーさ」

「はい?」

「さっきなんで馬車に乗るときキョロキョロしてたんだ? なんか気になった?」

「あ、いえ……その……。フェアリーさんたちが全然いなかったなぁって」

「フェアリー? あの小さな?」

「はい」

「そりゃあいないだろうさ」

「え?」

「フェアリーってそもそも人前に現れることなんてほとんどないんだぞ? そんなの見られたら明日とか良いことが起こるかも~っていうぐらいなんだから。そんな感じだよな? ベリルさん」

「まぁ、そうだね」

「ここはフェアリーたちが生息しやすい魔力の森が広がっているとはいえ、こちらでもあまり見ない存在です。むしろここでは逆。あいつらはイタズラ好きで結構手を焼く。だからもしも、ここで見かけても関わらないほうがいいまであるので気を付けてください」

「そうなの……かなぁ……?」


 たしかにリリーの記憶にはフェアリーはイタズラが好きで揶揄からかわれたことを思い出したがそれでもマホが言うほどフェアリーたちは悪い子ではないことに違和感をリリーは首を傾げていた。

 さらに大樹海ほどではないが森の中を好むフェアリーはリリーのいた村ではたくさん見かけたのにここではその気配すら感じないことに不思議に思っていると馬車の速度が落ちていき、やがてゆっくりと立ち止まったのを見てマホが立ち上がり馬車の扉を開いた。


「着いたようですね。それでは改めて、ようこそイースメイムへ」

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