第49話

 ──マルティナスが戦死した。キャリオン山脈で起きたこの出来事は連盟側にとって大きなショックは波紋となって広がっていく。

 帝国の策略やそれに伴った新兵器によるものなど様々な噂が町中に溢れ、人々は不安を募らせていく空気が包み込んでいった。

 それを好機とみた帝国側はすぐさま反撃を開始し、戦線が長く伸びていた追撃部隊を圧倒し始めて逆に追い詰められてしまった。

 結果、連盟側が送った軍は壊滅状態。さらに竜騎兵団は得体の知れない生物と遠距離からの狙撃によって数を多く失い、奇跡的に生き残ったヴィヴィと先導したベリルを合わせても数えるほどになってしまっていた。


「それで……今回の件について、これをどう始末つけるんですか?」


 ドラコレイク神殿の中で会議が行われ、今回の件をヴォ・リックに詰められている。

 部屋の空気は重く、バスクト代わりに出席している息子のリグルトに向けられた冷たい視線はその責任を問われるようであった。


「追撃を行うという作戦、アレは君の父上の発案であろう? ならば今回の失敗はウエスメイム側の責任でもあろう? 今すぐにでも何か言ってほしいと思うが……違うか?」

「…………」

「ヴォ・リック殿……、彼はバスクト殿が緊急の用で戻った故に代理としてここにおる。そんな彼に対して何もそこまで言う必要はないのでは?」

「フレデリック公、貴方は随分甘い人ですな。そちらの竜騎兵のほとんどがこの作戦で亡くなられたんですぞ? しかもあのマルティナスも失った……聖竜教が何も言わないはずがない。それとも仲が良いになればこのような惨劇が起きても目を瞑ってくれるということ、ですかな?」

「ヴォ・リック殿……!!」


 言われるままのリグルトにフレデリックが彼の代わりに静かに抗議をするがそんなことお構いなしといわんばかりにこの態度は続いていた。


「……現在、あの失敗が原因でこちら側の被害は予想よりも大きく、そして広がっています。士気の低下も相まって帝国軍の侵攻を止められていない状態を打開するには何処かで大きく出るしかありません」

「それで、その考えはあるのか?」

「……未だ検討中です」

「……ふん。父上と違って随分慎重な様子で。だが今はそうは言ってられない状況というのも知っているだろう? ここで何も無ければこの件に関してイースメイムは降りさせてもらう」

「なっ……! 我々は同盟の仲では!?」

「フレデリック公、今のエリウムには聖竜教による結界によって侵攻を食い止めてはいるが、それも時間の問題であろう。幸いにもこちらの兵たちの被害はほとんどない」

「し、しかし……ここで我々が崩れたらそれこそ帝国の思うつぼでは……!」

「こちらで得た情報によれば帝国はエリウムを目指しているのはでなくこちら西あちらに向かって来てるとある。ならば自衛に徹するのは自然はないかね? それにそちらは厳しい状況でしょうに他に構っているほど余力があるのか? では、私はこれで……」

「ま、待ってくれ!」


 椅子から立ち上がり、部屋を出ようとするヴォ・リックにフレデリックも立ち上がって声を掛けるが、無視するかのようにこの場から去っていく。

 とした部屋の中、フレデリックは椅子に座り直し、手を額に当て、頭を悩ませているとガタりと再び椅子が動いた音に反応した。


「……君もか」


 視線を向けるとそこには椅子が立ち上がり、申し訳なさそうな表情でこちらを見ているリグルトの姿がそこにいた。


「フレデリック様……申し訳ないのですがこちらもヴォ・リック様と同じ考えです……」

「それはウエスメイムの、バスクト殿のものなのか?」

「……はい。父上はすぐに戻って防衛の準備をしています。残念ながらそちらに回すほど余力は今のところないです」

「…………。ならば何故……こちらに攻めてこないんだ……?」

「……それは聖竜教の結界によるからでは?」

「確かに、我々が発現する結界は侵入した敵の魔力を抑え動きを封じる代物だ。魔導アーマーなど魔力に頼ったものであるほど強力ではあるがそれでも手薄になったこちらを攻めないのは不自然ではないのね?」

「それは……確かに……」

「西と東……。……もしや、帝国の狙いは大霊脈という可能性はないか?」

「大霊脈……。あの魔気が溢れ続けているという、あの場所ですか?」

「ああ。大霊脈はそこを中心として様々な恵みをもたらした神聖な場所じゃ。ウエスメイムもあの場所を神域としているであろう?」

「それはそうですが……。しかしそれだけが理由で?」

「詳しくはわからん。しかし、大霊脈から流れ出る魔気でグレーターフォールを閉ざしている。もし帝国がそれを乱せばあそこの扉が再び開いてしまう……!」

「で、ですが、仮にそうだとしても、もう一度我々が手を取り合うほど力は残っていません。少なくともイースメイムの協力は不可欠です」

「……一度だけ、使える契りがある」


 フレデリックは椅子から立ち上がり、胸にしまっていた一つのペンダントを取り出すとそれをリグルトに見せた。


「それは……?」

「遥か昔にな、ワシと別れた同胞がいての。ワシはここに残ったがその者たちは何処か遠い場所へと旅立ってな。その時にお互いが困ったときに助け合うための契りがここにある。それをここで使うのじゃ」

「では、その同胞の場所は分かるのですか……?」

「残念ながらすぐには見つからんじゃろう。じゃが何処かに必ずいるはず。それは間違いない」

「……用は時間を稼げ、ということですか?」


 リグルトの言葉にフレデリックは静かに頷き、そして頭を下げた。

 彼の口から説得する言葉は出てこない。何も言わないその姿勢はただ信じてほしい、そういった願いだけがこの行動を表していた。


「……その件に関しては私の一存で決定することは出来ません。父上に一度、話を通す必要があります」

「…………」

「……ですが、父上はフレデリック様の頼みを必ず聞くと思います。そういう。性格ですからね……」

「……っ! 感謝する……!」


 バラバラになりかけた連盟国の絆がギリギリのところで紡がれている。

 希望はまだある。フレデリックの手の中にあるペンダントをしっかりと握りしめていた。


 ――


「オルトラン! 貴様っ!!」

「ぐぅえっ!!」


 帝国の皇帝陛下がいる謁見の間にオルトランが向かう道中、鼻歌交じりに向かっていた彼に早歩きで近づいたベイオが彼の首を片手で握って持ち上げて壁に叩きつける。

 周囲にいた兵たちは突然の出来事に驚きを隠せず、怒りに満ち溢れているベイオの腕を掴んで引きはがそうとしたが彼の体はビクともしない。


「ぐ、ぐるじぃ~~」

「ベイオ様! どうか落ち着いて!」

「その手を放してください! そのままですとオルトラン様が死んでしまいます!」

「こいつはこの程度ではどうせ死なん! くだらない演技をするのも大概にしろ!」

「…………。あはっ」


 喉元を抑えられ先ほどまで苦しそうだった様子のオルトランであったが、ベイオの言葉を聞いて演技をやめて視線を下に向ける。

 顔模様の表情は苦悶の表現からいつの間にか人を小馬鹿にするような模様へと変化したのを見て、周りにいた兵たちはギョっとしたが、ベイオだけは握りしめる手がさらに力が籠った。


「何故戦いの邪魔をした!? それにあの得体のしれない奴はなんなんだ!? 聞いていないぞ!!」

「あぁ……あいつらね。アレは僕が造ったキメラ兵だよ」

「キメラ兵……だと?」

「そうさ。本体のベースはゴブリンでそこにいろいろ混ぜ込んだ合成生物さ。魔導アーマーをフル活用するには人では限界があるからね。魔結晶が及ぼす影響は無視できないけどキメラ兵なら問題ない。なぁに、出来上がるのに苦労はしたけどキメラ兵はまだまだいるから兵に関しては安心して大丈夫ですよ。ベイオ将軍」

「だがあんなものを、外道のすることだぞ!」

「おいおいおい。あんまり強い言葉すんじゃねぇよ。アレは皇帝陛下から直々に許可を得ているんだからよ」

「……なん、だと?」


 唐突に出る皇帝陛下という言葉にベイオは驚き、思わず緩んだ手をオルトランは見逃さずにヌルりとすり抜けると、やれやれといった様子でローブをはたいた。


「ふん、お前たちは知らないだろうがこの戦争に勝つために僕は皇帝陛下からいくつもの研究を任されている。魔導アーマーや魔導ガンはお前ら程度でも扱えるように調整するのにどれだけ苦労してるか知らんだろ。極秘だから教えてないけど」

「しかし、あんなモノを造れなんて……そんな事、馬鹿げている……!」

「ベイオ将軍、あなたは頭が固いようで。キメラ兵の投入がうまくいけば誰が一番喜ぶと思っているんだ?」

「……?」

「国民だよ。特に愛する人を持つ人たちにとってはね。そこのお前らも足りない頭で考えてみろ。頭のネジ外れた奴以外で誰が好き好んで戦争なんかに行く? 死んだら残された人に贈られるのは持って帰れた死体の上にしょぼい金一封。もしくは手足ぶっ飛ばされて生活も満足に送れないなんてのもある。だがそこに代わりにキメラ兵が行けばお前たちは傷つかない。どうだ? 死ななくてもいい気分になってきたか?」

「…………」

「お前たちがどれだけ喚こうがいずれこのことはによって正される。……まぁ、でもベイオ将軍との間に入ったことは悪いと思いましたよ。でも必要なことだったんでね」

「……何の話をしている?」

「キメラ兵の実績がほしかったんだよ。このおかげで恐らく僕は陛下の前で正式に認められるはずさ。研究者から将軍の地位に繰り上がりってこと。となれば僕の名に魔導将軍というのが……ぐふふ、いい響きだね」


 オルトランはそう言うと軽やかな足取りで謁見の間へと向かっていく。

 たかが研究者の分際で将軍の地位に就くなど普通ではありえないことであったが、ベイオを含むこの場にいた全員がその可能性を拭いきれなかった。

 そしてその不安は現実となっていったのだった。

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