第48話

「きゃあッ!」

「──ッ!!??」

「な、なに!? なんの音!?」

「上ッ!! そ、空のグローリーが!!」


 何処か遠くから放たれた赤黒い一閃の割れるような音は近くにいた竜騎兵たちだけではなく地上にいたリリーたち追撃部隊にも聞こえ、全員がそこに向けて注目する。

 その視線の先にはグローリーの体を大きな風穴が開いている光景であった。


「──ッ!!」

「グ、グローリー……!!」


 横から貫かれたグローリーはそのまま力尽きるように落下していき、騎乗していたマルティナスも放り出される。

 彼女との戦いに水を差されたベイオは直前で振ろうとしていた大剣を止めており、落ちていく白い聖騎士に思わず手を差し伸べようとした。


「マ、マルティナス……。……──ッ!!」


 そんな彼の横を数匹の黒い影が通り過ぎる。

 翼のような形から青い粒子を吐き出しながらマルティナスに近づくそれは手には黒い斧槍を手にしており、落下していくマルティナスを串刺しにした。


「うっ……!」

「なんだ……なんなんだ貴様らはッッ!!」


 魔導アーマーを飛行できるように改良されたそれを着ているのは明らかに人の姿ではない。

 人間よりも体長が種族であるが下劣な顔をしているのを見て、それがゴブリンだというのが分かる。

 だが一般的に黄色い瞳と深緑色をしている肌であるはずなのに、そいつらの肌は白く、目が赤い。

 こちらの背後から迫ってきたのにこちらに敵意がないのを見ると、それらがどういう存在なのかベイオが理解するのに時間掛からなかった。


「こいつらはまさか……あいつの仕業かっ!!」

「──うぅっ……」


 胴体を複数の斧槍によって貫かれて持ち上げられた状態になっていたマルティナスだったが辛うじてまだ息があった。

 すでに意識は朦朧としており、歪んでいく光景には奥からは竜騎兵たちがこちらに全力で向かっていくのが見えており、そして下のほうには白い粒子となって消えていくグローリーの姿があった。


「うぁ……あぁ……」


 口に溜まっていく血のせいで声が出ず、消えていくグローリーにただ手を伸ばすことしかできない。

 そんなマルティナスを見て謎のゴブリンたちは嘲笑うかのように魔導アーマーを稼働っせて斧槍に力を込めた。


「ギャギャギャッ! キキキッッ!!」

「──ッッ!!!」


 胴体を貫いてる斧槍の刃が熱を帯びて真っ赤になると、貫いた胴体を内側から焼いていき、やがて炎となってマルティナスの全身を包み込んでいく。

 悲痛の声を挙げる暇もなく、燃えていく彼女の体はやがて黒くなり、謎のゴブリンはそれを見て嘲笑いながら貫いている斧槍を切り払う。

 曇天広がる灰色の空の上で黒い炭が雪のように降っていく。

 竜騎兵団の長であり、エリウムの象徴であった聖騎士は無残にも散っていったのだった。



 ――



 それを見た誰もがその光景に目を疑った。

 グローリーは力尽きるように白い粒子となって地上に落ちていき、マルティナスは焼き殺された後、追うように黒い塵となっていく。

 それらを行った正体不明の存在にこの場にいる皆が戦慄したのだった。


「団長ーーッ!!」


 ベリルを含む竜騎兵たちは散っていく彼女を追うように近づくが、いつの間にか数を増やした飛行するゴブリンが行く手を阻むように前に飛んでいた。


「ギギギッ……」

「こいつらが!!」

「──ッ!! 危ない!!」


 その直後、ゴブリンたちの背後から二発目の赤黒い閃光が襲い掛かり、巻き込みながら近くにいた竜騎兵を消し炭にしていった。


「まだあの攻撃が来るぞ!」

「どっから!?」

「どうするんだこれ!? 撤退か!?」

「でも団長が……」

「また来るぞー!!」


 マルティナスを失ったことで統率に乱れが生じた竜騎兵たちは次に来る赤黒い閃光を避けることで精いっぱいになり、その隙を付くようにゴブリンたちが手に持った斧槍でドラゴンの首目掛けて複数で襲い始めていく。


「こ、こいつら……! み、みんな襲われてる……」

「逃げろ! 撤退するしかない!」

「でも応戦しないと!」

「逃げるって何処に!?」

「いいから逃げろ!! 撤退しろって!」

「くっ……! 僕が先導します! ついてきて!」


 混乱の中でベリルとアイリスは硬直した仲間に声を掛けながらこの場を離れていく。

 背後から襲い掛かるゴブリン、そしてそれらを巻き込みながら放たれる赤黒い閃光を回避しながらの撤退は他の仲間を気遣う余裕もなく、仲間が隣で消し炭にされるのを見ながらの撤退は想像以上の事であった。

 空が混沌と化していく中、その余波は地上にも広がっていた。


「おい……空の方が……ヤバいことになってないか!?」

「あ……あぁ……」

「……!!」

「危ない!!」


 空からやられた竜騎兵がドラゴンと共にこの狭い渓谷の底に墜落していく。

 後方ではそれによって潰された兵士もおり、その叫び声がリリーたちの心臓を凍らせていった。


「撤退! 撤退よ!」

「何だって!?」

「全力で逃げるって言ってんの!」


 状況を飲み込んだヴィヴィはすぐに乗っていたボボンから近くで待機させたリザードバックに飛び乗ると、ボボンを幼体化させて手元に戻す。

 ヴィヴィの声はすぐに他の兵たちにも伝播し、向かっていた方向を反転させて元来た道を走り戻っていった。


「お、おい! 逃げるのかよ! 落ちてきた仲間とか、動けなくなった仲間とか、助けるとかしないのか!?」

「そんなことをしてたらこっちも死ぬわよ!」

「でもっ!」

「でもじゃない! アンタ、これ以上被害を増やすつもり!?」

「──っ!!」

「今はもう、逃げなきゃヤバいんだから! 黙ってついてきて!」


 ヴィヴィの強い言葉にピークコッドは思わず口を噤む。

 墜落してきた竜騎兵の下敷きになった他の兵士はまだ息があるかもしれないのに助けないなんて、なんで非常な女なんだ。

 そう思った瞬間、顔の横から何かが掠っていき、恐る恐る後ろを振り向くとそこには帝国兵の持つ魔導ガンの銃口がこちらに向いている光景だった。


「──うッ!!!」


 リリーたちのいる位置は追撃部隊の中で最も先であり、それが反転すれば今度は自分たちが背中を追われることになる。

 しかも細長い渓谷の底によって前の方が思うように進まない。

 いつ背中を撃ち抜かれてもおかしくない状態にピークコッドは肝を冷やした。


「後ろ! 俺ら撃たれてる!」

「体を伏せなさい! 少しはマシになる!」

「無理だって! こっち三人乗りなんだぞ!」

「きゃあっ!」

「……!!」

「ラ、ラティム!?」


 追撃していたはずなのに逆の立場になったリリーたちを見て、ラティムがリザードバックから飛び降りるとそのまま人からドラゴンへと変化していく。


「何してんだあいつ!?」

「ラティム! 行っちゃダメー!」

「……ッ!」

「なんだあのドラゴン! 撃て! 撃ちまくれぇ!」


 リリーたちの静止を無視して迫りくる帝国兵に立ちふさがるラティムは降り注がれる魔導ガンの弾をリリーたちを守るようにその身で受け続けた。


「き、効いてる様子がねぇ! なんだアイツ!?」

「グオオオッ!」

「うっ……!!」


 体で受け止めた魔導ガンの弾を自身の魔力に変換しながらラティムは翼を広げて帝国兵たち目掛けて跳躍する。

 ズシン、と眼前に降り立ったドラゴンの威圧に帝国兵はその一瞬、動くことすら出来なかったのを見てラティムは目の前の帝国兵の頭を鷲掴みにした。


「グァッ!!」


 勢いに任せた投げ飛ばしは近くにいた帝国兵たちを吹っ飛ばしていく。

 陣形が崩れていくがそれでもラティムに向かって魔導ガンで射撃しようとする帝国兵を見て、ラティムは胸に湧き上がる熱いものを込み上げて、彼らに向かって口を勢いよく開いた。


「ガアァッ!!」


 ラティムの口から放たれる青い炎が放射状に広がり、陣形が崩れた帝国兵たちを襲い掛かっていく。

 この攻撃によってさすがにこちらを追撃する手を緩めたのを見てラティムは振り返ると、再び翼を動かしながら跳躍してリリーたちの方へと戻っていった。


「す、すげぇ……一瞬でカタがついちまった……」

「よくやったわラティム。これでなんとかなるかも」

「…………」

「ラティム……」

「フー……。フー……」


 人の姿に戻りながらリリーたちが乗るリザードバックに乗ったラティムの息は荒い。リリーの体を後ろから手を回し、顔を背中につけるラティムの手に触れるとその震えが興奮したものでないことを彼女は感じた。

 こういう時、なんて言えばいいんだろうか?

 混乱極まるこの渓谷の底でリリーはラティムに掛ける言葉が見つからない。

 ただ震えるその手を優しく握り返しながら、リリーたちはこの戦場から逃げて行ったのだった。

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