最終話:脂肪をエネルギーに変えて

 神殿には先ほどとは打って変わって人が集まっていた。

 やはりこういう非常事態だと人は神に縋るものなのだろうか。


「どいてくれ! 急ぎなんだ!」


 太志の勢いに飲まれて人々が道を開けると、彼の足は一直線にあの丸々と太った像へと向かった。

 ゼイゼイと息を切らせながらも、剣の柄に手をかける。


「ファッティソード……頼む。人生の主役だったことなんて一度も無かった俺だけど。そんな俺のことを勇者だって言ってくれた彼女を……ラァユを助けたいんだ。力を貸してくれ!」


 剣はその言葉に呼応するかのようにまばゆい光を放ち、驚くほど簡単にスッと抜けた。

 剣は初めて握ったとは思えないくらい手に馴染んで、全力疾走したばかりの体なのに力がみなぎってくるのを感じる。


「ラァユ……!」


 ここに来た時とは比べ物にならない速度で、太志は再び駆けだした。


 太志が魔王ガロンの元に到着した時、魔王は左手に握ったラァユを尋問していた。


「神官よ、命が惜しくば聖剣のありかを教えろ」


「……誰が言うもんですか!」


「ならば死ぬか」


 魔王が左手に力を込めると、ラァユが苦しそうにうめき声を漏らす。


「魔王ガロン!! 聖剣ならここだぁぁぁぁぁ!!!!」


 太志はファッティソードをかざして、今までの人生で一番の大声を出した。

 魔王の目が見開かれた。


「おのれ……まだ脂肪のある者が残っていたか」


 魔王は右手をかざしてエネルギーの塊のようなものを太志に向かって飛ばしてきた。

 しかし聖剣を手にして覚醒した太志は、それを剣で受け止めて弾く。


 そしてありえない高さに跳躍すると魔王の眉間にファッティソードを思いっきり突き刺した。


「うぉぉぉぉりゃぁぁぁぁくらえぇぇぇ!! これが俺の人生初めての主役になった瞬間だぁぁぁぁ!!!! ラードスプラッシュ!!!!」


 剣が光り輝き、魔王の眉間に亀裂が入る。

 閃光がほとばしる中、太志はギリッと歯を食いしばり、一気にそのまま剣を下ろした。


 一刀両断された魔王は、そのまま黒い塵になって崩れていく。

 形を失い崩れかけた左手から落下するラァユを、太志は空中で受け止めて抱きかかえ着地した。


「大丈夫か? ラァユ」


「勇者……さまぁ……」


 涙ぐむラァユに太志は言った。


「名前で呼んでくれ。俺の名前は太志。太いこころざしって意味なんだ」


「フトシさま……素敵なお名前ですね」


 こうして、魔王が倒され世界は平和になり、人々は自由に太ることができるようになった。

 そして半年後。


「いつの間にか太ってるのは俺だけじゃなくなっちゃったな」


 街中にはでっぷり太ったふくよかな人たちの姿が多く見られるようになった。


 これなら誰でもファッティソードに適合するんじゃないだろうか、なんて言いながら太志は今日もカフェテラスでピザを食べている。


「でも私の勇者はフトシさまだけです♡」


 彼の隣には少しだけぽっちゃりしたラァユが、幸せそうに微笑んで彼に寄り添っているのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ファッティソードサーガ~デブな俺がモテまくる世界~ 白井銀歌 @ginkasirai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ