第2話:俺だけが太っている世界
「あの、ラァユ」
「なんですか勇者さま?」
「いや、俺べつに勇者じゃないし」
「いいえ、きっと貴方はこの世界を救ってくださる勇者さまです!」
「世界を救うって……そういや、ここってどこなんだ?」
「オイリー大陸のキャノーラ王国ですけど」
どっちも聞いたことが無い地名だったので太志は困惑した。言葉は通じるのに、どうやらここは日本では無いらしい。
「あのさ、こんなこと言ったら変だけど……俺、たぶんこの世界の人間じゃないと思うんだ」
太志は俯いて歩きながら、不安げな声で続ける。
「オイリー大陸もキャノーラ王国も全然わかんないし。事故に遭って、気が付いたらなぜかここに居たんだ。ぶっちゃけただの底辺だし、勇者なんかじゃ……」
「いいえ、貴方はきっと勇者さまです」
ラァユはきっぱりと言った。太志の足が止まり、彼女の方を見る。
「この世界では脂肪があればあるほど強くて魅力的なんです。あなたの丸いお顔や三段腹は力の源」
「この贅肉が魅力的で力の源⁉」
「そうです! でも……勇者さまもご覧になったでしょう? この世界の人たちは皆ガリガリにやせ細っています。魔王ガロンが人々から呪いで脂肪を奪い、生きていく最低限以外の脂肪が付きにくい体に変えたのです」
「魔王ガロンの呪い……」
「えぇ。だからどんなにピザやラーメンを食べてもちっとも太れないんです!」
「それはかなり羨ましいんだが」
「そんなことありません! ぽっちゃり体型は皆の憧れです!」
太志は本気でそう思ったがラァユは全力で否定する。
つまり、この世界における脂肪は筋肉みたいなもので、太っている人はムキムキマッチョみたいな扱いなのだろう。
じゃあ筋肉はどういう位置づけなのだ……? と太志は思ったが、難しいことはわからないのでそれ以上追求するのはやめた。
とりあえず、この世界ではデブは魅力的で大正義だということだ。
太志は、白い石造りの神殿に案内された。
中にはラーメンの丼を持った丸々と太った石像があって、その足元には剣が台座に突き刺さって飾られてある。
ラァユは太った石像に祈りを捧げた。どうやらこの石像が彼女の信仰しているラード神らしい。
「ラード神の足元にあるのは聖剣ファッティソードです。これは魔王ガロンを滅ぼすことができる唯一の剣と伝えられています」
「じゃあ、その剣でさっさとガロンを滅ぼしてしまえばいいんじゃないのか?」
太志が思ったままの感想を述べると、ラァユは首を横に振った。
「それが、この剣を抜ける人は今までこの世界に存在しなかったんです」
彼女はラーメンの丼を持つ石像を見上げる。
「私はラード神から『大いなる脂質のある者がファッティソードを抜いた時、魔王は滅ぼされ、世界にはふくよかな豊かさがもたらされる』と神託を受けました」
「大いなる脂質?」
問い返す太志の両手をラァユは細い指で包み込む。
急に手を握られた彼がドギマギしているのにも構わず、彼女は声を弾ませて告げた。
「つまり、この世界で唯一の太っている貴方ならきっとこの剣を抜けると思うんです!」
――馬鹿馬鹿しい。何がラード神のお告げだ。
数分後、彼は剣に触れずに神殿を後にした。
ラァユが悲しそうな顔をしていたのには心が痛んだが、自分なんかが勇者だなんて思えなかった。
――昔から自分が人生の主役だったことなんて一回も無かった。
幼稚園の発表会ではセリフの無い背景の脇役。小学校の運動会では最下位。
勉強もたいして出来なかったし中学に行っても高校生になっても何も目立つ要素なんてなかった。
大学生になっても相変わらず地味で目立たない存在で、周囲の誰かが脚光を浴びるのをただ羨ましいなぁと思いながら拍手を送るしかできなかった。
彼女だって当然いなかったし、社会人になってからも
ずっとずっと……。
「俺の役回りって、しょせん『その他大勢』なんだよなぁ」
太志は憂鬱な気持ちで溜息をつく。
だが、この世界の人々は彼のことを「その他大勢」とは見ていなかったようだ。
「あの……素敵なお兄さん。よかったら一緒にお茶でもいかがですか?」
「いいえ、私とデートしましょう?」
「何言ってるの、私の方が先に声かけたのよ⁉」
女性たちが、元の世界ならまず太志に声をかけてこないであろう理由で声をかけてくる。
本来なら美人局を疑うところだが、先ほどラァユからこの世界の価値観について説明を受けたので、太志は彼女たちが本気で自分を誘っているのだと確信した。
「俺の時代が来た……!」
生まれて初めてのモテ期到来に太志の心が舞い上がった。
そして一時間もすると、女性たちを侍らせてカフェのテラス席でピザをむさぼり食う太志の姿が出来上がったのだ。
「マジでこの世界、最高じゃねぇか!」
「はい♡ あーん♡」
隣の女性がトロトロのチーズがたっぷり乗ったピザを太志の口元に持ってくる。
「へへっ、あーん♡」
太志がピザに齧りつくと女性たちがキャー♡と甘い声をあげる。
その声は彼の耳にとても心地よく聞こえた。
しかし、どんなに女性たちからちやほやされても、太志の脳裏をよぎるのはラァユの純粋で愛らしい眼差しだ。
「俺のこと、勇者だって言ってくれたんだよなぁ……」
結局彼女に名前を告げることもなく、去ってしまったことを少し後悔する。
でももう、きっと会うことも無いだろう。
太志は目の前のピザと女性たちに集中することにした。
そのとき、急に大地が揺れて地面に大きな亀裂が走った。
テーブルが傾きピザの皿が滑り落ちて、女性陣は悲鳴をあげる。
人々が我先にと逃げ始めて、遠くから「魔王ガロンが来たぞ!」と叫ぶ声がした。
立ち上がって人々が逃げてきた方向に目をやると、少し向こうに角を生やした巨大な禍々しい魔王らしき姿があった。
人々から集めた脂肪が蓄積されているのだろうか。魔王はものすごく太っている。
「あれが魔王ガロン……? ラァユの言ったことは本当だったのか……」
「なにボサっと突っ立ってるの⁉ お兄さんも早く逃げないと危ないよ!」
そう言って、一緒に居た女性たちは逃げて行った。
自分も彼女たちの後を追って逃げようと思ったそのとき、魔王の左手に何かが握られているのが見えた。
それが何であるか理解して、太志は全身の毛が逆立つような感覚を覚える。
「ラァユ……⁉」
魔王の手に握られていたのはラァユだった。
あのままだったら彼女は殺されてしまうかもしれない。
誰か、彼女を助けてくれ。誰か。誰か、早く。
――いや違う。助けるのは。
「誰かじゃねぇ! 俺だ!」
太志は神殿に向かって走り出した。
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