ファッティソードサーガ~デブな俺がモテまくる世界~

白井銀歌

第1話:美少女神官ラァユとの出会い

 その日、太志ふとしは地元のハンバーガーショップで大好物のデラックストリプルチーズビッグバーガーのLLサイズのセットを平らげ、さらにデザートにアイスクリームとスイートポテトパイを食べて家に帰る途中だった。

 家に帰ったらポテトチップを食べよう。ポテトは野菜だからヘルシーだし、ダイエットコーラと一緒に食べたら実質カロリーゼロだ!


 ――そんなことを考えて歩いていたのがいけなかったのだろうか。

 後方から轟音と共に猛スピードで走ってきたダンプカーに追突されて、彼は一瞬の痛みと恐怖を感じ、すぐに何も感じなくなった。


 そう、ここで確かにこの世界における人生は終わったはずだった。

 しかし、神は太志に新しい人生を与えたのだ。


 太志の脳内に厳かな声が聞こえた。


『太志よ。今こそ、その脂肪を力に変えるのだ。そして世界を救え――』


 気が付けば、彼は異国情緒あふれる賑やかな街のど真ん中に立っていた。


「えっ、ここどこだよ……? 確か家に帰る途中で後ろを振り返ったら急にダンプカーがドーンって……でもどこも痛くねぇなぁ」


 痛みはもちろん、自分の体が傷ひとつ負っていないことに太志は驚いた。夢でも見ていたのだろうか。


 今いる場所は露店に果物や雑貨が大量に並んでいて、外国の市場のように見えた。

 昔、旅番組で見た海外の街並みによく似ているのだ。

 でも歩いている人たちの服装は、なんだか古めかしい。


「まるで映画の世界に紛れ込んだみたいだな……」


 状況を把握しようと辺りを見回すうちに、周囲の視線が自分に集まっているのを感じた。

 ただでさえ、彼の豊満なボディは目立つのだ。なにせ体重はもうすぐ三桁に達しようとしている。

 それに気のせいだろうか、周囲の人たちはやたらスリムなのだ。無駄な肉が一切無いと言っていい。

 そんな中、太志は圧倒的なボリューム感で存在を主張していた。

 モデル体型の女性たちがこっちを見ながらひそひそと小声で何かささやきあっている。


「なぁ……」


 一人の頬がこけた男性が話しかけてきた。


「あんた、どうしてそんなに太ってるんだ?」


「は……?」


 そんなことを聞いてくるなんてずいぶん失礼な人だなと思ったが、男性はからかっている様子ではない。

 純粋に疑問に思っているようだ。


「どうしても何も、食ったら太る、それだけだろう?」


 太志が答えると周囲からどよめきが起こった。


「食ったら太るだと……⁉」


「まさかそんなはずはない」


 ――いや、食ったら太るだろ。常識的に考えて。


 よくわからないままに、街を歩いていくと人だかりが見えた。

 何やら怒鳴っている声も聞こえる。

 どうやら誰かが絡まれているようだ。


「なぁ、付き合えよ~」


「放してください!」


 派手なトゲトゲの鋲付き鎧を着て頭をモヒカンにしたガリガリの男が、白いワンピース姿の少女の腕を掴んでいた。


 太志も野次馬に混ざって成り行きを見守っていたつもりだったのだが、いかんせん彼の姿は目立つ。

 群衆の視線はいつの間にか太志の方に集まっていて、自然と周囲が道を開けたので気が付けば太志のむちむちボディは前に進んでいた。


「なんだ……ひぃっ、デブっ!」


「助けてください!」


 絡まれていた少女が太志の方にしがみ付く。彼が女性からこんな風に頼られたのは生まれて初めてだ。

 だけど、太志は今までケンカらしいケンカもしたことがないので、ガリガリとはいえこんなガラの悪そうな男相手にどうすればいいかなんてわからない。

 とりあえず彼女を庇うように前に出てみた。


「ひっ……ちくしょう、覚えてろよ!」


 本当に「覚えてろよ」なんてセリフ言う奴いるんだ……と思いながらも、勝手に向こうが去って行ってくれたことにホッとする。


「あの、ありがとうございました!」


「いや自分は別に何も――」


 そう言いかけて太志は言葉を失った。

 真っ白なワンピースに身を包んだ少女はまるでアイドルのように可愛かったからだ。

 サラサラの赤い髪と長いまつ毛にくりっとしたあどけない瞳。

 形の良い唇が子猫のように愛らしくカーブを描いて太志に微笑みかけている。

 少女は太志を見上げて澄んだ声で話しかけた。


「あの、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか⁉」


 その琥珀色の瞳はキラキラと穢れを知らぬような眩しい輝きを放っていて、太志は反射的に一歩後ろに足を引く。


 ――俺が女性からそんな眼差しを向けられるなんて、怪しすぎる。


 悲しいかな、太志は今までの経験でこんな可愛い子が目を輝かせて近づいてくるのは何かの詐欺か勧誘に違いないと思っているのだ。


「あの、アンケートとかそういうのいいんで……俺、収入低くてローンとか組めないし」


「何を仰ってるんですか? あっ、申し遅れました。私はラード教の神官をしておりますラァユと申します!」


「あぁぁぁぁっ! 宗教も間に合ってるから結構ですっ!」


 ラァユと名乗った少女は、太志がなぜ慌てているのかわからずに首をかしげている。


「あの、もしかしてあなたは勇者さまなのではないですか?」


「へっ? 俺が勇者?」


 太志の問いにラァユは真剣な顔で答えた。


「はい、その三段腹と丸いお顔、間違いありません!」


 太志は何と答えたらいいかわからず、丸々と太った自分の腹に目をやる。

 その時、通りすがりのスーパーモデルのように痩せた女性たちが太志に熱い視線を投げかけた。


「なんて素敵な脂肪の付き方なのかしら! 三段腹がたまらないわ!」


「あごの線がわからない、なんてセクシーなの……♡」


「丸みを帯びた顔、素敵よね♡」


 女性たちは口々に太志の体型を誉め始めた。


「えっ?」


 なぜ自分の体型が誉められているのかわからず怪訝な顔をする太志に、美女たちはうっとりした表情になる。


「やだ、イケメン~♡」


「ねぇ、よかったら私たちとお食事にでも行かない? 一緒にピザ食べましょ?」


「いっぱい食べるところ見せて~♡」


 美女が太志の腕に胸を押し付けて来たので思わず鼻の下が伸びそうになったが、それを見ていたラァユが思いっきり太志の反対側の袖を引っ張った。


「あの、お見せしたい物があるので着いてきてください!」


 ラァユは、うむを言わせぬ態度で太志を引っ張って行こうとする。


「あ、服が伸びる……」


「いいから来てくださいっ!」


 仕方ないので太志は美女たちに別れを告げて、ラァユに付いて行くことにした。

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