第6話 メシア様は救って欲しい

「世界救世主です、救ってください」

「はいっ!?」

 その男性はノックもせずに暇堂の洋室に入ってきて、そんなぶっとんだことを言った。

「あ、どうもわたくし、世界救世主、世を忍ぶ仮の名前はメシアです。どうも」

 営業時間も終わっていて、わたしが掃除をしているときのことだ。

 ちょうど暇さんは奥に引っ込んでいて、ここにはわたししかいない。

 っていうか、もう閉店中の札をかかげたはずなので、なんでいきなり入ってくるんだろう、この人。もしかして危ない人……?

 そもそも服装がもうヤバい。

 いばらの冠っぽいものをかぶり、ローマ人が着ていたような法衣を身に纏っている。

 このひと、こんな恰好でここまで来たの?

「ええっと、あの、今日はもう閉店でして。日を改めて……」

 わたしが言いかけると、奥から暇さんが出てきてメシアさんにイスを勧めた。

「やあどうも、いらっしゃいませメシアさん。どうぞそこにかけて」

「暇さん、時間とかだいじょうぶなんですか?」

「茂美から連絡があったんだよ。店が混んでいるときに限って厄介な客が来たから、相手をしてくれってね。まぁ、持ちつ持たれつ、仕方ない」

 わたしたちが小声で話している間に、メシアさんはイスに座った。

「さて、メシアさんでしたね。はてさて、偉大な存在のはずのあなたが救ってくださいとはどういうことですか?」

 あ、暇さん、このひとのコスプレのノリに合わせる方向で行くんだ……。

 じゃあわたしもそういう接し方しないとだなぁ。

 とりあえずコーヒーを出して、暇さんとともに話を聞くことにする。

 メシアさんは出されたコーヒーをゆっくりと飲んで、ふうっと息を吐いた。

「いや突然失礼したね。この店には悩みごとをなんでも引き受けてくれる方がいるというウワサを耳にしたものでね」

「ウワサっていうか、下のママに言われただけですよね?」

「まぁ、そうとも言いますな、わっはっは!」

 なるほど、これは茂美さんも忙しいときにじっくり相手にはしたくないだろう。

「さて、確かにうちは悩みを万引き受ける暇堂です。メシアさんはどのような悩みを抱えて本日はこちらにいらっしゃったのでしょうか?」

「なにかお困りのことがございましたか?」

 わたしが言うと、ふいにメシアさんはわたしの手を握って涙を流した。

「ああ、ここにはこんなにも美しいエンジェルがいる……。この地はきっとエデンに近いのだろう。夜をさまよったわたしの行き着いた楽園だ」

「エンジェルはあまりにも過大評価すぎるのですが……」

 そっと手を振りほどきながら言った。

 机の下で、メシアさんに握られた手をそっと暇さんが握りなおしてくれた。

 ああ、ダメ。暇さんのこういうのに弱いの……って今はお仕事! メシアさんの相手。

 うーん、なんなんだろうな、この人。酔っぱらっているようには見えないけど。

「それで、そちらにいらっしゃいます御本尊が、悩みを万引き受ける暇堂とやらの主様かな? なんとも頼もしく麗しい出で立ちをなさっておられる。うむ、やはりわたしが今日ここに来たのは運命に違いない」

 メシアさんが再び感極まった様子で両目から涙を流した。

 ううーん、なんだろう。新しいタイプだわ。

「あの、メシアさん?」

「おおお……! 見ればなんて素晴らしい部屋作りと空間、それにこだわり抜かれた家具。麗しき香り。なにもかも天国に近い。これは素晴らしい、どこかに神のおわす天国への階段があるのかな?」

 いやいや絶対に違う。

 あるのはコンクリートの階段だけですあなた昇ってきたでしょ。

 格好や言動からどう見てもおかしいと思っていたが、これはわたしの想像をはるかに超えるヤバさである。そもそも「神よ」ってメシアさんが自称世界救世主じゃないの!?

 メシアさんは身を乗り出して暇さんの両手を握りしめ、懇願した。

「悩み相談の女神よ、どうか疲れ果てた救世主にお導きを与え給え!」

「ふうむ、僕もこの道それなりに長いけど、今回はちょっと難しいというかあたらしいお客さんが来ちゃったね。まぁまぁメシアさん、とりあえず落ち着いてちゃんと座って」

「では、失礼をして!」

 そう言うとテーブルのうえに正座するメシアさん。なんだこの人。

 ああ、私も暇さんの手を握ってあげたいけど……勇気が出ない。

「いや座るのはイスだからね、メシアさん。テーブル汚さないで。さて、まずはそうだねぇ、救ってくださいってことは、メシアさんにはどうにかして欲しい悩みがあるワケだろう。それを話してみて欲しいねぇ」

 暇さん、細かいツッコミは無視して話を進めることにした模様。

 なにせ相手が相手である、これは暇さんの賢明な判断である。

「はい。これは東京都こころのお悩み電話相談室にも相談したことなのですが……」

「電話したのかよ!」

 わたしはついうっかり、敬語も忘れて突っ込んでしまった。

 いきなりそんなワード飛び出すと思わなかったんだもん……。

「いやなんか、眠れない夜とかさ。人の声が無性に恋しいとき、あるじゃん?」

「ありますけどね……。それで?」

「まぁ、お悩み電話相談室は回線混雑で繋がらなかったんですけどね、これ死ねよってことですかね、参った参った、がはは!」

 メシアさん、想像以上に社会のセーフティーネットを活用している。

 いや活用しようとして、しきれていないのか。

 わたしがあきれた視線を向けると、メシアさんが不意に険しい表情をして必死に足の裏をそらせている。あ、この人イスの上に正座してたんだ、ってもう足痺れたんかい!

「あだだだだ、それでですね。悩みといいますのも、この業界――救世主界隈を長くやっているとですね、たいがい困った時にだけ民衆に祈られるんですよ」

「俗に言う、困った時の神頼みっていうやつですか?」

「そうそう、それです。ほんまそれ、マジまんじ。言えてるイエーガー」

 うっわぁ古いし俗っぽい……ものすごく俗っぽいよ、この自称救世主!

「それでシャカやアッラーとも愚痴り合った、もとい話し合ったのですが、普段は無信仰のくせに困った時だけ神様仏さま稲生様。あんまりじゃないですか?」

「稲生様と来たもんだ、おっさんくさいメシアさんだねぇ、ははは」

 暇さんが笑うと、メシアさんは必死の形相で訴えかける。

「だって困った時にだけすがりつくように頼むぐらいなんだから、願いの内容なんてだいたいはもうすでに無理ゲーなんですよ! もうだいぶ詰んでる、これこっから逆転とかムリ! どうしたって叶いっこない願いや頼みばっかなんですよ、ちくしょう!」

「うわぁ身も蓋もないですね」

「まぁ神頼みにもお百度参りとか、色々あるんだけどねぇ。一部を切り取るなら、そういう側面もないこともないね。いやいや、お疲れ様」

 暇さんが軽く労ったところで、メシア様は止まらない。

「そんな無責任でムリムリな願いばっか来るんですよこっちは! 毎回毎回安い小銭の賽銭にお布施。両替するほうが金かかるっつーの! それなのに、ほんのちょっと教会に来て短い時間だけ祈って願いがかなわなかったら、すぐドヤ顔で『神様なんていない』ですよ!? もうバカか、アホかと。ほんとひどいっすよね!」

 うーん、ほんの少しだけ、それ言えてるかもっていう意見が混ざってる。

 だからこそサクッと切れずにやりずらい。ほんと曲者だなぁ。

「まぁまぁメシアさん、まずは落ち着きたまえよ、君の無念はわかるけれどね」

「挙句ついこの間はとうとう『神は死んだ』とかいわれましたよ! もう激おこ!」

 神は死んだって、たしかニーチェの言葉だよね?

 メシアさん、あなたのついこの間、年代広すぎでしょ。

 おいてけぼりの暇さんとわたしをよそに、メシアさんはさらにヒートアップしていく。

「やってられるかって話ですよね! あーもう、腹立たしい! 神は死んだとかどいつが言ったんだ! あ、ドイツが言ったんだ、ぬはは! ……ってやかましいわ!」

 ひとりノリツッコミである。もうなんでもありだな、この救世主。

 ため息をついた暇さんが、空になったメシアさんのカップの代わりに新しくハーブティーを差し出した。

 お得意の落ち着かせる香りの出番である。

「さあさあメシアさん、あんまりカリカリしても良くないよ、世の中もそうそう変わらない。なんといっても信仰はおよそ二千年以上、体系化して続いているんだからね。それよりもメシアさんはずいぶんと痩せているけど、ご飯ちゃんと食べているかい? ほら、これでも食べて落ち着きたまえよ」

 暇さんは棚にしまってあったクッキーの箱詰めを取り出し、蓋を開いて差し出した。

「おお、なんて優しい心遣い。貴方はお悩み相談世界の聖母だ、ナンマンダー」

 メシアさん、それ呪文違うから。

 暇さんはメシアさんがクッキーをじっと見ている間、気の抜けたような、今にも魂が飛んでいきそうな顔をしていた。

「ではでは、頂きます! こ、これは……うまい!」

 たしかにあそこのメーカーのクッキーは絶品。

 わたしも暇さんにごちそうしてもらったことあるけど、紅茶と良く合って最高だった。

 でもわたしはあんな風には食べていないよね……そう思いたい。

「最高だ、マーベラス、デリシャス、グレイト、アンビシャス! こいつはたまらなくうまい! ああ、最後の晩餐よりもうまい! くぅぅ、罪の味がするぜぇ……!」

 訂正、やっぱり絶対にあんな風には食べてない。

 っていうか、こんな簡単に最後の晩餐越えいただいていいのかしら……。

 あっという間にクッキーを平らげたメシアさんが、急に真面目な顔であらぬ方向をにら見つめた。

「メシアさん? どうかしましたか?」

「きた……」

「きたと言いますと?」

「キーーーターーー!! 予言、降りてキターー!」

 叫んだメシアさんがいきなり暇堂を飛び出していった。

「きゃあ、びっくりしたぁ! い、暇さん、これってしょぼいけど食い逃げですかね!?」

「一応へんな聖書みたいなやつとか、汚れた荷物は置きっぱなしだし、大丈夫じゃないかなぁ。いやぁ、すごいねぇ、僕もまだまだ勉強不足だよ、世は広いね、はっはっは」

「いや、あれだけ激しい人は早々いないと思いますよ、暇さん」

 わたしがため息をつくのと、暇さんがおかしそうに噴き出すのは同じタイミングだった。

 自称・世界救世主、メシアさん。

 閉店中の暇堂に、ある意味でもっとも悩みを万引き受けるべきお客さんがやって来た瞬間かもしれない。でも、あれは悩みっていうかもうただの愚痴かも……。

 さてどうしたものかと思って待っていると、頭をポリポリとかきながらメシアさんが店の中に戻ってきた。

「いやー、聖母様、エンジェル、とつぜん飛び出して行っちゃってすいません」

 メシアさんは店の中に戻ってくると、再びイスに腰かける。

「びっくりしましたよー、予言ってなんですか? スマートフォン持って行きましたよね。現代は予言がスマートフォンに来るんですか?」

「いやはや申し訳ないですエンジェル。予言は時と場所を選んでくれませぬゆえ」

「まぁねぇ、そういうものかも知れないねぇ。かつての奇人変人、いや天才もそうだったかもしれないしね。パッと閃いて、周囲を置き去りにしてしまうような。それで、その予言っていうのはどんなものが来たんですか? よろしければ教えて下さいよ、メシアさん」

 興味津々っぽいフリをする暇さんの質問に、メシアさんは不敵な笑みを浮かべた。

「ふふふ、美しいエンジェルよ、預言の内容を知りたいのですか?」

 いやあの、わたしじゃなくて質問したのは暇さんだってば。

 まぁ仕方ない。ここは合わせていかなくては。

「えーっと、まあ、聞くだけ聞いてみたいです。あ、いえ、すっごく知りたいです!」

「エンジェルたちがそういうのであれば……。本来は秘密にするべきですが、ここはエンジェルと麗しき悩み相談の女神のおわす場所、問題ないでしょう」

 こほんと咳払いをして、メシアさんがない襟をただす。

 ふうっと深く呼吸をして、手のひらを口の横に添えていった。

「いいですか、これは絶対に民衆には内緒ですよ。今日の予言はですね……」

「今日の予言……。毎日来るんですか?」

「今日の予言! パンパカパーン! 明日の天気は晴れのち曇り。降水確率は三〇%です!」

「ただの天気予報じゃないですか!」

 思わずわたしは全力で突っ込んでしまった。

 しかし予言もとい予報は止まらない。

「花粉の量は少な目、洗濯物を干すなら午前中がいいでしょう。折り畳み傘の携帯を忘れずに。紫外線対策もしておくとなお良いでしょう!」

「いやぁ、タメになるねぇ。明日は洗濯は早い時間にしないとねぇ」

 暇さんが、今まで見たことがないほどすっとぼけた顔で言った。

「以上、預言終わり! ……はぁ、疲れた。水族館いきたい。動物園も。癒された~い」

「いきなり話がぶっ飛びましたね」

 ダメ、この自称救世主、きちんと会話が成り立たない。

 これは暇さんの言う通り、新しいタイプの人である。それでも暇さんはマイペースな救世主に動じることなく会話を軌道修正していく。

「ところで、メシアさんの悩みっていうのは結局なんなのかな? さっき言ってた無理な時だけ祈られるのがつらいっていうのが悩みということで良いのかい?」

「イエス! メシアなだけにっ、イエスっ! な~んちゃって!」

「……」

「そうですねぇ、ときにメシアさん。祈られるとなにがつらく感じてしまうのでしょう?」

 すごい! 暇さん化石級のギャグを普通に無視した!

 わたしが呆然とする中での暇さんのスルー力に、これが長年培った悩みを万引き受ける暇堂の力かと心の中で深くうなずいた。

「そうそうそれそれ。だってさぁ、そんな無茶ぶりなことばっかり祈られる救世主のこともさ、もっと考えて欲しいな~って。祈るってことはさ、祈られる方もいるワケじゃん?」

「そうですねぇ、祈る方も考えて欲しいものですねぇ、ふふふ、これは新しい発想かもしれないなぁ。それでメシアさんが気になるのは、具体的にどういうことなのでしょう?」

 暇さんの冷静さに、さすがのメシアさんも少しずつ落ち着きを取り戻していく。

「そうですね……。普段はぜんぜん信仰とかしない、まったくなんにもないくせに、困った時だけ小銭出して祈って解決しようっていう、都合のいい民衆の考え方かなぁ」

「ほうほう、なるほどねぇ」

「だってそうじゃん!? 祈って何か無理なことが叶うなら、メシアだってはりつけ回避余裕だったはずだもん! メシア、あの時そりゃあもうすんごい祈ったけど、全然はりつけ回避出来なかったからね! はりつけフラグ折れないよどうするのこれ!」

 百歩、いや千歩くらい譲ってこの人が本当にメシアだと仮定すればの話であるが、まぁ言いたいことはわからないでもない。

 しんどい時だけお祈りして解決を願われるのはつらいだろう。

 それにしても、はりつけ回避とかフラグとかなんとも現代的な言い回しをする救世主である。この人の時代性というか、いつの時代をモチーフにしてるのかさっぱりわからない。

「本当に災難でしたね、でも今ははりつけも終わって元気そうで何よりですよ。そう言えば、いばらの冠はお召のようですが、エレナの聖釘とロンギヌスの槍はどうしたのですか?」

「いやー、ロンギヌスの槍は持ち歩けませんよ、銃刀法違反になりますからね! エレナの聖釘ならば、ほらここに」

 そう言って法衣の間から取り出したのは、どう見ても錆びついた五寸釘。

 錆びは仕方ないとして、どう考えてもこれで人を十字架に貫けるとは思えない。

「これはこれは。さぞ大変だったでしょう?」

「いやいや、はりつけも大変でした。人生の一大イベントってやつでしたね」

 そうだなぁ、はりつけは大変だよなぁ……って。

 暇さん、この人のそういう話題乗っちゃダメだからー!

「いやはや大変でしたねぇ。どうです、ここはゆっくりくつろいで行かれては?」

「ウィ、ごもっとも。さすがは悩み相談の女神、話がわかるぅ。どれ、それじゃあ赤ワインいただけるかな」

 わあ、話したいことを話すだけ話したら、サクッとお酒にシフトしたよこの人。

 それでいいの、メシアさん!? 悩みとか祈りとかの問題は!? まだぜんぜん解決してないよねその辺りの悩み!

 暇さんがスマートフォンで連絡して、下のドクターストップから赤ワインが届く。

 わたしもさすがに暇さんにつがせるワケにもいかず、メシアさんのグラスに赤ワインを注いだ。

「はい、お待たせしました。赤ワインどうぞ!」

「ありがとうエンジェル。ふう、うまい。これは最後の晩餐よりうまい……」

 本日二度目の最後の晩餐越え、いただきました。

 決して語彙は豊富じゃないな、このメシア。ああもう、ツッコミが追いつかないよ。

 なんでこんな日に限ってドクターストップは混雑なんだろう。

 ダメ、深く考えちゃダメ。ちょっとした事故にあったようなものよ。

 切り替えるのよ、わたし! ……でも、ドクターストップっていつもこんなお客様たちをお迎えしてるのかしら? などとも思ってみたり。

 かたまりかけた私を、暇さんが軽く頭を撫でて落ち着かせてくれた。

「はっはっは、エデンの園で女神とエンジェルが戯れている。良きかな良きかな」

 グラスを空にしたメシアさんは、上機嫌でわたしたちを眺めている。

 そして暇さんがすかさずおかわりを注いでいく。

「おおっと悩み相談の女神、そんなおかまいなく」

「いえいえメシアさんはどうやらお疲れの様子。ささ、どんどん飲んでください」

「それではお言葉に甘えて……ぷっはぁ!」

「おお、よい飲みっぷりですねぇ。ささ、都子君、おかわりを」

 はっ!? さては暇さん、適当に酔わせて帰ってもらう算段!?

 たとえそうでなくっても、この人は不思議なことにシラフより酔っているときのが大人しい。暇さんもそれに気付いたのだろう。

 ワインを注ぐ暇さんとわたし、それをいきおいよく飲み干していく世界救世主。

 おかしな時間を楽しんでいたメシアさんが、ふと自分の左腕に目を落とした。

「おおっともうこんな時間か。そろそろヴァルハラに帰るよ。エンジェル、お会計を」

 言うまでもなく、メシアさんは腕に時計なんてしていない。

 このひとホントよくわかんない。だけど、なんかもう慣れてきた気がする。

 残ったワインを飲み干したメシアさんに、暇さんがふと思いついたようにつぶやいた。

「ああ、そうだ、メシアさん。メシアさんが世界救世主様なら、どうして自分自身を救わなかったのですか? 万能の力で救われることも出来るでしょう?」

「良い質問ですね悩み相談の女神! 実はですねー、それよく言われます!」

 よく言われるんですかそうですか。

 それだけいろいろなところでいろいろ阻喪してるってことじゃん。

 もうメシアさんがメシアさん過ぎてツライ。

「実は我々、世界救世主業界にはですね、救世主は決して自分を救ってはいけないっていう厳格なルールがありまして」

「どういう業界なんですかそれ……」

「救世主たるもの、堕落してはいけませんからな! ぬはははは! ヒック!」

 あのね、メシアさん。

 それ飲み過ぎて顔真っ赤にしながら言うセリフじゃないから。

 今のメシアさん、申し訳ないですけど、堕落しきってますから。

「赤ワインが六杯と、クッキーっと……。五千五百円になります」

 暇さんがドクターストップに電話確認して値段を告げた。

「おやおや良心的、天国価格。これで」

「では五千五百円ちょうど頂きます」

 メシアさん、百円玉を五枚出す。

 ちゃんと小銭持ってるのね。なんか細かいとこだけど意外。

「あっ、エンジェル。領収書きっといて」

「世界救世主が領収書貰うんかい!」

 またもや突っ込んでしまうわたし。

 一方の暇さんは冷静そんものだ。

「メシアさん、但し書きはいかがいたしましょう?」

「世界救済費でよろしくぅ」

「えっ、今どこかを救済してたんですか!?」

 つい口に出てしまった。ツッコミも無視されるし、ああもうこの人は……。

 なにからなにまで隙のない、規格外の人である。

「領収書のお名前、メシアさんで大丈夫ですか?」

「あ、そこは現世ネームの田中太郎でよろしく」

 わぁ、メシアさんの本名、普通すぎ。

 世界救世主、メシアさん。現世ネームは、田中太郎。

 暇堂とドクターストップにおかしなお客さんが現れたのであった。


 翌朝。

「世界救世主です、救ってください」

「毎日来るんかい!」

 幸いメシアさんはドクターストップにお引き取り頂いたものの――。

 本当に、何から何まで不思議な人だった……。

「いやぁ、僕たちもまだまだ勉強不足だね、あっはっは」

 一息ついてお茶にしているとき、そう言って暇さんがわたしの髪を撫で、手を重ねてくれた。

 ……こんなアフターケアがあるなら、自称救世主も悪くないかも。

 そんなことを、心のどこかで思ってしまったりした。 

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