「妖精は結局いなかったのか」


 帰りの馬車の中で、ウォレスがどこかつまらなそうに言った。

 ブノアとベレニスは邸を片付けてから帰るというので別行動だ。

 馬車の御者台にはマルセルが座っている。

 下町の北のあたりで噂されていた『妖精さん』は、なんてことはない、男性が女性に告白するための一種のパフォーマンスだったのである。

 メッセージカードではなくパズルにしてリジーに送ったのは、ルイスがメッセージカードを送るのが恥ずかしかったからだと思う。


(ふふ、リジーの慌てぶり、可愛かったわ)


 真っ赤になってあわあわしながら「どうしようどうしよう」と繰り返す友人は、完全に恋する女の子の顔をしていた。


(リジーとルイスさんがねえ)

 リジーのあの顔を見るに、ルイスへの返事は一つしかあるまい。

 真っ赤なリジーの顔を思い出してくすくす笑っていると、ウォレスが釈然としない顔をした。


「だがルイスは、君の方に好意を寄せていたんじゃなかったのか?」


 なんとなくサーラは気づいていたけれど、何故それをウォレスが知っているのだろう。

 驚いたが、掘り下げるとウォレスが面倒くさくなりそうな気がしたのでさらりと流しておこう。


「人の心なんてわかりませんよ。ある日突然、身近にいた人が素敵に見えるようになることもあるでしょう?」

「つまり心変わりは当たり前だと、そういうことか?」

(あれ? なんか機嫌が悪くなっちゃった……)


 どうしてだろう。解せない。

 首をひねっていると、ぶすっとした顔でウォレスがそっぽを向く。


「君も突然、シャルやアルフレッドが素敵に見える日が来るかもしれないと言うことだな」

「どうしてそうなるんですか!」

「ある日突然身近にいた人が素敵に見えるようになるんだろう?」


 ああダメだ。完全に拗ねている。サーラは心変わりなんてしていないのに、どうしてだろうか。


「そう言うこともあると言っただけです。わたしがそうだなんて言っていません」

「でも可能性は――」

「ゼロですよ」


 まったくもう。勝手な想像で不機嫌にならないでほしい。


(本当に困った王子様なんだから)


 サーラは隣に座っている夫の手を握って、口をとがらせている彼の顔を下からのぞき込む。


「年を取って、同じ日の同じ時間に老衰で死んで、そして来世でも一緒にいるんでしょう?」

「来世だけじゃない。さらにその次の来世も、次も、次も、永遠にだ」

「永遠に一緒なら、心変わりする時間なんてありませんね」

「……確かにそうだな」


 ウォレスが口端を持ち上げて、サーラをぎゅっと抱きしめる。


「本当に妖精さんがいるなら、きっと君のポストには私の名前が書いてあるカードが入るな」


 そもそも城で生活しているのだから自分でポストをあける機会なんてこの先ないと思うのだが、無粋なことは言うまい。


「じゃあ、ウォレス様のポストにはわたしの名前が書かれたカードが入りますね」

「当然だ」


 楽しそうにウォレスが笑う。


 ――次の日目を覚ますと、枕元には「オクタヴィアン」とだけ書かれた小さなカードが置かれていて……。サーラは思わず噴き出すと、幸せそうな顔で眠っている夫の頬にキスを落としたのだった。



                                    完




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ご愛読、本当に本当にありがとうございました!!   狭山ひびき

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すべてを奪われた少女は隣国にて返り咲く 狭山ひびき@広島本大賞ノミネート @mimi0604

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