3
ダイニングで、ブノアが入れてくれたお茶とともにリジーが持ってきてくれたお菓子を食べる。
友人たちの語らいを邪魔しないようにと、ブノアとベレニスは壁際に寄ってくれて、マルセルも扉の前に黙って立った。
再会の挨拶もそこそこに、リジーが持って来た「ネタ」を聞くことにする。
「まずね、これを見てほしいの!」
そう言ってリジーがダイニングテーブルの上に取り出したのは、男性の両手サイズくらいの大きさの木枠と、それから大量の小さな木片だった。
木片はどれも一辺が二センチ前後くらいの大きさで、三角形だったり四角形だったりと形は様々だ。
色は塗られていないが、ところどころに黒いインクで書いた線のようなものが入っていた。
「なんなんだこれ?」
ウォレスが興味津々な顔をして木片を手に取った。
サーラも確認したが、変わったところはなく、ただの木片に見える。何に使うものかはわからないが、これは何だろうか。
「これなんだけどね。二か月くらい前から毎日うちのポストに届くようになったのよ。最初はこの木枠でね、次の日からこの木片が毎日一個ずつ」
「誰かのいたずらか?」
「あたしもそう思ったんですけど、とりあえず何かよくわからないから取っておこうと思って。話のネタになるかもしれないし」
よくわからないから取っておこう、と判断するあたりがリジーである。
こんな小さな木片なんてゴミにしか見えないので、普通は捨てるだろう。
「これ、まだ届いているの?」
「ううん、それがね。三日前からぴたりと止まったの。すっごく気になるんだけどいくら考えてもわかんなくて。ルイスに相談したら『妖精さん』の仕業じゃないかっていうんだけど」
「妖精さん?」
「あ、やっぱりサーラも知らないか~。あたしも聞いたことがなかったんだけど、ルイスが言うには、下町の北の方でちょっとした噂になっているらしくてね。なんでも、目に見えない小さな妖精が、自分の運命の人の名前を教えてくれるんだって!」
下町の噂はだいたい把握しているリジーが知らないというのも珍しい。
「へえ。妖精さんか。面白いな。捕獲してみるか?」
「目に見えないってリジーが言ったじゃないですか。見えないものをどうやって捕獲するつもりなんです?」
それに、妖精が現実に存在しているなんて聞いたこともないしもちろん見たこともない。
(ま、見えないものがいないと証明するのは不可能だけどね)
見えないものが「ない」と断定することはできない。現に空気だって目に見えないが目の前に存在しているのだ。
「マルセル」
「ウォレス様、マルセルさんに無理難題を言わないでください」
マルセルに「探してこい」なんて言い出す前にサーラは夫を止めた。
マルセルがホッと胸をなでおろしたのが見える。相変わらずいいように使われて可哀想な筆頭護衛官だ。
「だが実際に妖精がいるかいないかがわからなければ、この木片が妖精の仕業かどうかわからないじゃないか」
「それらしい理由っぽく言ってますけど単に面白がっているだけでしょう?」
「ばれたか」
ウォレスが小さく舌打ちして肩をすくめた。
リジーがぱちくりと目をしばたたいて、それから笑う。
「ふふ、サーラをウォレス様、夫婦っぽくなったねぇ! 結婚したから実際に夫婦なんだけどさ!」
いったい何を見てリジーがそう判断したのはわからないが、夫婦と言われてサーラはちょっと落ち着かなくなった。結婚してまだ一か月だ。夫婦と言われることに、まだ少し気恥ずかしさが残る。
サーラはわざとらしくコホンと一つ咳をする。
「これがその妖精さんの仕業だったとしたら、この木片は、リジーの運命の人に繋がるヒントってことよね」
「そうなのよ! 話が早くて助かるわサーラ‼」
ぱあっとリジーが瞳を輝かせた。
「この意味不明な木片から、あたしの運命の人を探り当ててほしいの!」
リジーも十九歳。そろそろ結婚したくてうずうずしているのだろう。特にサーラが結婚したせいで、先を越されたと拗ねていたから。
(運命の人を探り当てろなんて無茶だけど……これは断れないわね)
断れば、「サーラだけ運命の人に出会ってずるい!」と怒りはじめるのは目に見えている。
困ったなと頬をかいて、サーラは木片に視線を落とした。
気になるのは、最初に届いたのが木枠というところである。これと木片に関連性があるのか、はたまた別物なのかはわからないが、関連性があるとすればこの木枠がヒントにならないだろうか。
「妖精さんについて、ルイスさんはほかに何か言ってた?」
「え? ん~? あ、そういえば、妖精は悪戯が大好きだから、簡単には名前を教えてくれないんだと思うって言ってた」
(何それ?)
妖精は運命の人の名前を教えてくれるけれど、簡単には教えてくれない?
「ほかに妖精さんの悪戯で運命の人の名前を教えてもらった人はいるの?」
「いるよいるいる! 気になったからこの数日、リジーさんはしっかりリサーチしてきたんだから‼」
さすがリジー。噂に関してはフットワークが羽のように軽い。
リジーはカバンから小さめのノートを取り出すとパラパラとめくった。
「リジー、そのノートはなんだ?」
ウォレスの興味が木片からノートに移った。
リジーがノートを広げて見せる。
「これは耳にした噂をまとめている噂ノートです!」
(いつの間にそんなものを……)
リジーの噂にかける情熱には本当に舌を巻く。
「ええっとね、まず西の一番通りに住んでいるお嬢さんなんだけど、四か月くらい前にポストに妖精さんが運命の人の名前が書かれたカードを入れたらしいよ。その翌日に、そのカードに書かれていた男性から告白されたんだって!」
「サーラ、やっぱり妖精を……」
「探しませんってば。ごめんリジー、続けて?」
面白そうなのに、とぼやいているウォレスは放っておいて、サーラはリジーに続きを求めた。
リジーが頷いて、ノートをめくる。
「次が二か月前。東の三番通りの仕立て屋の長女なんだけど、二十三歳で嫁ぎ遅れって周囲に言われて落ち込んでいたらしいのよ。そうしたらポストに同じようにカードが入っていて、男性の名前が書かれていたの。で、その三日後に、そこに書かれていた男性からプロポーズされたんだって! 相手はなんと幼馴染で、お嬢さんもずっとずっとその人のことが好きだったからびっくりしたって言ってたよ」
「ほかには?」
「もう一つあるよ! これは先月の話なんだけど、西の二番通りの大きな商会のお嬢さんなんだけどね。親が強引に会ったこともない相手と結婚させようとしたらしくて……ああ、いわゆる、政略結婚ってやつ? で、嫁がされる前に逃げようと考えていたところにポストにカードが入っていたんだって。そこに書かれていたのは知らない男性の名前で、変に思っていたら、次の日にその男性が家に訊ねてきて、そのお嬢さんに大きな花束を差し出して求婚したんだってさ! しかもその相手が親の決めた結婚相手だって言うから驚きじゃない? すごいよね! その人の親は運命の相手を探り当てていたんだよ!」
(なるほどね~)
サーラは苦笑した。
だんだんからくりがわかって来た。
「リジー。その妖精さんの噂だけど、いったい誰が言い出したのかわかる?」
「ううん。さすがにそこまでは……。ただ、去年の夏くらいから北の当たり限定で噂になってたらしいよ。実際に妖精さんが運命の人を教えたのは数名だって話だから、あんまり大きい噂になってなかったのかもね」
「というか、たぶん、運命の人の名前を教えられた相手が『妖精さん』の正体に気づいたから噂にならなかったんだと思うわよ」
「え?」
たまらず笑い出すと、リジーが目を丸くする。
「妖精さんの噂を流したのは、たぶん男の人で、しかも特定の相手の耳にだけ入るようにその噂を流したんじゃないかしら? 例えば知り合いに頼むとか、その人の家族に頼むとかしてね」
リジーがきょとんとした顔で首をひねる。
「どういうこと?」
「だからね……そうね。これが何かもわかった気がするわ」
サーラは木枠を手元に置いて、木片を手に取った。
「ちょっとだけ待ってて」
サーラは木枠の中に、考えながら木片を並べていく。
十分ほどして、木枠の中はぴったりと木片で埋まって、そこにはある文字が浮かび上がっていた。
「ルイスさんは、照れ屋なのね」
――リジー、好きだ。結婚してくれ。ルイス。
すっと、リジーに向けて木片で埋めた木枠を差し出すと、次の瞬間、リジーは真っ赤になって固まってしまった。
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