第3話 クラスメイドとお料理と 後編

「お料理を教えてもらうと言っても、何をするんですか?」


そう佐折が不思議そうに、小首を傾げながら訊いてくる。

料理できない人にとっては教えると言っても想像できないのだろう。

翼は軽い口調で答えながら、キッチンへと向かう。


「ああ、氷室崎さんに基本はやってもらって、要所要所で俺が教える、ってな感じ。それなら、氷室崎さんの腕も上げられるし、危険なこともないでしょ」

「心得ました。それで、何を作るんですか?」


デジャブのように、先程翼がしたような質問を佐折は投げつける。

翼はもちろん冷蔵庫の中身を覚えているので、佐折の作ったカレーの材料分を差し引いた材料から作ることができるものを思案する。


(豚肉は使われてた、なら肉は鶏肉だけだな……。ご飯は炊いた分を全部使っているわけではなさそうだから、ご飯プラスおかず、って構成にするのが一番か。野菜はまだまだあるから……)

「そうだな、鶏肉と野菜の甘酢あんかけ、にしよう」

「おお、美味しそうですね!メニューが決まったならすぐにやりましょうか。善は急げと言いますしね」

「はは、そうだな。じゃあ、始めようか」

「お願いします、先生!」


その呼ばれ方になんだかこそばゆい翼は、顔を背ける他なかった。


 @


最初は野菜を洗うところからだ。さっと水に通し──最初佐折はこれを適当にやろうとしたのだが、見かねた翼が代わりにやっている──、ザルに野菜を乗っけて水を切る。ある程度水気を切ったら、包丁を入れていく。これこそ、佐折にやってもらうところだ。


「氷室崎さん、これ行ける?人参の皮剥いてほしいんだけど。ピーラーじゃないから、気をつけて」

「や、やってみます。……これでいいんですか?」

「……あっ、それは!」


親指の位置がまずい……!

そのまま行くと──


「痛っ」

「大丈夫、氷室崎さん!?」


ツプ、と彼女のしなやかな指に珠のような血が浮かぶ。翼はこれ以上ないほど狼狽し、顔を青くして動きがストップしてしまった。しかし佐折はそんな翼の様子を大げさだと思ったのか、慌てて釈明もとい取り成しをする。


「い、いえ、大丈夫です。これくらいの傷は覚悟していたので。私の不器用さならやりかねないって思っておいて、正解でした」

「覚悟してても、傷は傷だよ!ちょっと待ってて?いま絆創膏持ってくるから」


そういうなり、止まっていた動きから急に動き出してキッチンを出ていった翼に、佐折は困ったように息を吐く。何ともないと言っているのに彼は大げさではないだろうか、そういったたぐいのため息だ。

すぐさま帰ってきた翼の手には、しっかり絆創膏が握られていた。


「はい、これ。ごめんね、俺がやろうって言い出したから」

「ありがとうございます。……言い出したのは確かに若狭さんですけど、やりたいって、役に立ってあげたいって思ったのは私です。だから、そんなに自分を責めないでください」

「で、でも……」

「問題ないから大丈夫です、これ以上心配すると逆に怒りますよ?」


もう怒っているのでは、と一瞬頭によぎったが、それを言っても不毛でしかないので翼は黙っておく。


「……わかった。じゃあ、続きをしよう」

「はい!」


そういった一悶着のあとは何事もなく野菜を切り終え、佐折は甘酢あんかけ作りを、翼は鶏肉の下ごしらえを終了させた。


「ふぃー。あとは、炒めてあんかけをかけるだけだな」

「わかりました」


フライパンを棚から取り出し、油をひいて野菜を炒め始める。

炒めている間はある程度余裕があるので、翼と佐折は互いについての話を始めた。

無理もない、こうして一緒にご飯を作っているとはいえまだ出会って一日なのだ。


「何で氷室崎さんはここに来たらこんなに喋るようになったの?俺の行動ってめっちゃ面白かったりする?」

「いえ、なんというかその……、フィーリングが合うというか。すみません、何でかはわからないです。でも、学校にいるときよりかは話がスルスル出てきて、話しやすい感じがありますね。若狭さんの行動が奇妙奇天烈、というわけではないですよ」

「なんか不思議な言い回しだな。まあいいや。あとは……、そうだ。学校では俺がヤングケアラーだってことを言わないでほしいんだけど」

「はい、大丈夫ですよ。そもそも、私は学校で誰とも話さないんで」

「突っ込みづらい自虐……!」


と、そうこうしているうちに野菜がいい色に焼けてきた。先程のカレーは佐折に任せっぱでだいぶ焦げてしまったので、翼がチェックを入れているのだ。

さっと鶏肉を投入し、焼色がつくまで待つ。

そうして炒め終わったら、あんかけをかける。

盛り付けて、完成だ。


「できました!」

「うん。この味なら全然大丈夫だ。お疲れ様、氷室崎さん」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。本来なら奉仕される立場なのに……」


最後の一言が翼は気になった。

そんなことを思ったことが今までの付き合い──最も、1日ないのだが──皆無だからだ。


「そんなこと、ないよ。メイドと言っても名義上だし。気にしなくて──」

「気にしますよ!!」


突然、彼女は顔を歪めて叫んだ。まるで、自罰的な表情で。


「……」

「私はまた不器用で他人……ううん、近しい人に迷惑をかけた!それも、今日出会ったばっかりの優しい人に!それを気にしないなんて、絶対にできません!!こんな私のせいで若狭さんは時間を潰されて、それで……私は何もお返しできないのに……」


ずっと溜め込んでいたのだろう、彼女は自分への不満を爆発させ、弾劾している。自分自身をだ。

しかし、翼は──


「お返しなんて、いらないさ」

「え……?」

「そもそも、時間を潰されたなんて1ミリたりとも思ってないよ。むしろ、楽しかったし」

「そんな……何で?」

「何でって、氷室崎さんはこれからも善意で俺のメイドしてくれるんだろ?」

「──」

「そんな相手を迷惑だとか時間を潰す野郎だとか思うわけ無いじゃん。君が善意で奉仕するなら、俺は善意でそれを返す。少なくとも、そういう関係でありたいなって思ってるよ」


そう言い切って翼が前を向くと、佐折の目尻に涙が浮かんでいるのがわかった。

きっと彼女は、肯定されたかったのだろうか。

学校で誰とも話さずにいたのは、誰かに迷惑をかけるのを怖がっていたからなのだろうか。

彼女を肯定してあげたい、そう思ったからこその翼の本心からの言葉だった。


「若狭さん……、ありがとうございます。本当に」

「お相子様だよ。それに君は……いーや、なんでもない」

「……なんですか、気になるじゃないですか」

「内緒。それより料理、冷めちゃうよ?」

「っ……。そうですね」

「じゃあ、俺は父さんにご飯を出してくるから、食べてていいよ」


そう言って手に皿を持ち、背を向けた翼。

彼女の手が震えながらスプーンを持とうとしていることに気づかないふりをして。


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