第9話 クラスメイドとお勉強と 前編

「うわー、辛いよう」

「フン、自業自得もいいところだぜ」


彼女はそう間延びした嘆きをあげた。

ソファから目の前に突っ伏した清瑚に、翼は煽るような口調で言葉を紡ぐ。

……もう少しで夏休み前の期末テストなのだ。

ちなみに佐折はもちろん大丈夫、換流も学力面に不安はない。

しかし翼はあまり勉強する時間が取れないゆえに多少の不安がある。

そして目の前の清瑚は単純に学力面に不安がある。

よって、今現在大手ファミレスチェーンで勉強会をやっている、というわけだ。

窓際のボックス席、机の上には参考書とルーズリーフの束が。

その上に顔を落としていたが、突如ガバリと体を起こして同意を求める瞳がこちらを向く。


「大体さあ、うちの高校課題多くない?」

「それな、特に数学な」

「こんなん終わるわけないじゃんよ」


形のいい眉を下げて、不満をグチグチと並べ続けている彼女。

ところで美少女との二人きりでの勉強会など、男子垂涎だろう。しかし翼からしてみれば清瑚は気の合う男友達に近いので、 余り意識はしていない。と思っているのだが、何故か彼女の方は時たまチラチラとこちらを見て何かを言おうとしてくる。態度が変になったのはあのスーパーのバイトで会った時からなのだが、一体なんなんだろうか。

またも彼女はこちらを一瞬だけ見た後、大きなため息を吐きながら、ぼやく。


「はあ、こんな時氷室崎さんがいればなあ……」

「一瞬俺を見たの、頼りにならねーとでも思ったんかい!お前、何でも氷室崎さんに頼ろうとすんなよさ」

「いや、だってさあ」


確かに言わんとしていることは分かる。

佐折は成績優秀なのは周知の事実だ。

ぶっちぎりの学年1位、というほどではないが、普通に1桁台を維持しているのは記憶にある。

清瑚はそんな佐折に教えてもらえれば一気に成績が上がるかも、という一縷の望みを持っているのだろう。

しかし、翼的には佐折には家事でお世話になっているのだ。その上で勉強も教えてくださいなど口が裂けても言いたくない。首をゆるゆると横に振って、断りの意思を示す。彼女自身が賛成しても、迷惑としたくないのも本音だ。


「全部の教科赤点ギリギリなんだよう、頼っても良くない?」

「お前、やばいとは換流から聞いてたけどそんなにやばかったのか……」


想像以上の危うさに他人事なのだが戦慄を隠せない。

やばい、とは換流の言だったので、どれほどかと思っていたが、まさか留年の危険性まで見えるレベルだとは……。

翼の心配と同情を察して、再三佐折を呼ぼうと誘ってくる。


「うん、だから氷室崎さん呼ぼう?」

「────私がどうしたのですか?」


聞こえてきた銀鈴の声に、振り向いた。そこには、どうやら出かけていたらしい佐折が、私服に身を包んでそこにおわした。

今日はその長い髪を三つ編みにして大きな丸メガネをかけていて、文学少女と言った出で立ちで、その美貌もある程度隠れてはいる。

鼻腔をくすぐるいい香りが、翼を否応なしに注目させる。

清瑚が立ち直って、口を開いた。


「氷室崎さん?何でここに?」

「いえ、少し出かけていて、疲れたので休憩をと思って」

「なるほどね~。って、ナイスタイミング」

「そうですよ。私のこと、なにか言いましたか?」


まずい、と思った。しかしもうここまで来てしまったら後戻りは不可能だろう。軽くため息をついて、自分から口を開く。


「いや、こいつの成績が危ういいから、氷室崎さんに教えてもらいたいっていう話」

「危ういって……、どれくらいなのですか?」

「だいたいどれも、ギリギリ赤点じゃないくらい」

「それは…………………………ひどいですね」


あまり悪しざまに言いたくないのだろうが、どうあがいても悪口となってしまうので、大分言い淀んだ佐折であった。

それを言われた当の本人は、消沈した様子でポツポツと語り始めた。


「勉強は昔から向いてなくてさ……。いつも勉強しろって怒られるんだけど、どうしても集中が続かなくて。運動なら集中できるんだけど」

「ふむふむ」

「そのせいで点数が落ちて、で、また勉強しろって言われて……。私、留年なんてしたくない。集中力が続かないのは自分のせいだってわかってる。でも、それだけじゃ足りないと思うの。だから、氷室崎さんに勉強を手伝ってほしいんだ」


そんな理由だったのか。てっきり、深い裏事情なんてなくて、ただすぐ学力を伸ばしたいという一心かと思っていたが、謝ろう。

そう切実に語った清瑚を佐折は断るはずもなく、頷いた。


「もちろんですよ。今日は少しこの後予定があるので、また今度でもよろしいですか?」

「うん、やってくれるだけでもありがたいよ」

「それでは、明日若狭さんの家に集まりましょうか」

「え、俺ん家なの」

「若狭さんの家なら都合は付きますしふたりとも知っているでしょう?」

「たしかにそうだけどさ」


翼の家で勉強となるなら、それ相応の準備が必要になるだろうな、と何処か他人事っぽく考える翼なのであった。


……この後、大惨事になるとも知らずに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る