第10話 クラスメイドとお勉強と 中編
そして回ってきた休日。
「いやー、本当に教えてもらえるとは。恐縮恐縮」
清瑚はまるで平社員が上司に媚びるように揉み手をしながら佐折に話しかける。
もちろん翼の家のリビングの中だ。
翼的にはあまり騒ぐと近所迷惑にもなるし、上にいる父親がどうこうしたりしてしまうので、やめてほしいところである。しかし彼女らもそこはしっかり常識人らしく、ある程度声は顰めている。
「何なんですか、その態度……。最近の若狭さんといい、態度を変にするのが流行ってるんですか?」
「ごめんごめん、教えてもらえるってことが未だに信じられなくてさ」
だから変な態度を取って現実かどうか確かめた、と。
如何にもふざける小学生のようだが、これで本人は真面目にやっているというというのが清瑚らしいと言うかなんというかな感じだ。
とにかく翼たちは勉強をするために集まったのだ。余計な時間を過ごしているくらいであればすぐに勉強しなければならない。
佐折もそう感じたのだろう。手で椅子に座るように促し、佐折も机の反対側にちょこんと座った。
……もはやこの家に来て数週間が立っている。彼女が我が家のようにいるのも仕方のないことなのだが、何故かジト目で清瑚がこちらを見てくる。
「本当に馴染んでるね、氷室崎さん。普通こうやってメイド服の状態で家にいるとびっくりするのに、全然違和感ないよ」
「いや、そこは違和感感じろよ」
思わず普段の感じで突っ込んでしまった。法律で制定されている合法的なこととはいえ、関係ない人からすればド変態もかくやの所業をしているのだ。今は何も言っていないが、本当ならメイド服じゃなくて普通の服も見たい……じゃなくて、にしてもらったほうが翼の信用的にも彼女の名誉的にもいいとは思っている。
「とりあえず、勉強しよう」
無駄なことを考えすぎた。テストで赤点があったら、というのは勉強が苦手な学生全員が持つ巨大な壁だろう。サッと佐折の隣に座って、ルーズリーフを広げた。
「ここがわかんないんだけど……」
@
ぐう、と、間抜けな音が響いたことに気づく。
勉強を初めてはや三時間ほど。翼はもはやお昼時に差し掛かっていたことを、時計を見て初めて認識した。
「もうこんなに経ってたのか」
「あ、ホントだ。私、結構集中できてたじゃん」
言われてみればそうだ。本人の弁では集中が余り続かない、と言っていたのだが、今は全く喋る様子もなく紙と向き合っていた。
「家のほうが落ち着くってことじゃね?」
「だとしたら私どういう奴なのよ。他人の家が自分の家より落ち着くって」
そう言いさして、何故か清瑚は目を逸らしてきた。またもの不自然な態度に首を傾げつつ、流して隣に行儀よく座っている佐折に話しかける。
「昼飯作ってくれるか?俺たちは勉強したいからさ」
「もちろんです、メイドなので」
「メイド、なのか?」
「メイドでしょ」
佐折をメイドだと言うには関係がなんか違う気もするが、これもスルーしておく。
佐折は椅子から立って、キッチンの方へパタパタと歩いていった。
「氷室崎さんの料理、食べるの初めてかも」
「ああ、たしかに。ていうか食べたことある奴って俺以外いるか?」
「そりゃそうね。話しかけられないんだから料理なんてもっと無理に決まってるわ」
そう言われてみると、翼の状況はとても奇怪だ。
クラス一の美少女がメイド服を纏って翼の部屋を掃除したり、ご飯を作ってくれたり。まるでラノベのような出来事だが、事実は小説より奇なりというものなのだろうか。
それとも今までヤングケアラーとして頑張っていたことへの神からのご褒美というやつなのだろうか。
ご褒美なのだとしたら、もう少し形を考えてほしかったのだが……。
「ま、こんな事考えていたら失礼だ。辞めよう」
そうひとりごちると、目の前の清瑚が唐突に話しかけてきた。下を向いて、その表情は見えない。
「……アンタはさ、どう思ってんの、氷室崎さんのこと」
「氷室崎さんのこと……?」
先程メイド云々の話をしたが、確かに翼と佐折の関係はどういうものなのだろうか。そして、それについて自分がどう思っているのか。考えてもみなかった。
色々な想いが脳を巡る。
「────俺は」
「お料理出来ましたよ……って、若狭さん、どうしたんですか?真面目な顔で」
柄にもなく真剣な顔をして言わんとした俺の言葉を、タイミングよく佐折が遮ってきた。その手には湯気を放つ平皿。
彼女が言う通り、出来たのだろう。
その言葉と匂いで翼は一瞬で現実に引き戻される。
目の前に置かれたのは、麻婆豆腐だった。
白い豆腐がチラと見え、上ってくる匂いは鼻を刺激する。うまい具合に焼かれたひき肉が、ソースの下に隠れているのが想像できる。
清瑚はひと目見て目を輝かせた。
「ん、美味しそう!」
「最近自分でも料理の腕があがってきたってわかるんですよ」
自慢気に胸を張る彼女。翼は余計な思考は捨て置いて、とりあえず目の前の麻婆豆腐にスプーンを突き刺すのだった。
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