第11話 クラスメイドとお勉強と 後編

……お昼を食べた頃だろうか。そこから、翼の態度がおかしくなっていた。

何かを考え込むような仕草をし続け、佐折が目線を向けてもスッと逸らされるばかり。

最近からちょこちょこそういうことはあったのだ、1週間前ほどから。しかしこんな長い時間こうなっているのは初めてだ。

佐折はどうしたら良いのかわからないまま、勉強を教えている。


「そこは公式を変形させて、その式を初めの式に代入してみてください」

「ああ……」


ほら、返事もどこか上の空である。手は動いているので、勉強しようという意思はありそうだ。チラと見える横顔は、物憂げというか自分のことが信じられなくなっている顔のように見える。

本人に態度おかしいですよね、なんて聞こうものなら気まずいこと必死なことは明白だ。佐折の内心の陰キャ的精神ではそんなこと耐えられないので、別の人に聞くことにした。

誰かと問われればもちろん、向かいに座っている清瑚である。

彼女は今は少し集中が落ちているようで、視線を向けたら、すぐさまこちらを見返してきた。

佐折は徐ろに立って、彼女の方へと回る。

そのまま内緒話をするように声を潜めて、話し始める。


「あの。松田さん、若狭さんどうしたんですか?なにか変な感じがするんですけど……もしかして私の麻婆豆腐、美味しくなかったですか?」

「いや、全然美味しかったわよ。……確かにどうしたんだろうね。私はちょっと話しただけなんだけど……」


その話のせいではないか、と一瞬勘ぐった。しかし佐折目線こんなにかわいい清瑚が腹黒い言葉の攻撃をするなんてありえない、あったとしても事故的なものだろう、という考えに固定された。……真実は事故的であっているのだが。

彼がこんな態度をずっと取られると、一緒にいるときに気になって仕方がなくなる。

そういう思考に辿り着いた佐折は、清瑚が帰ったら聞いてみよう、と思ったのだった。


「すまん、ここはどうやって……」


 @



「今日はありがとね。結構わかりやすかったよ、氷室崎さんの教え方」


5時を過ぎた頃。予定があるのでそろそろ帰らねばと言う清瑚を見送るために、玄関まで三人で来た。エナメルのスポーツバッグを肩にかけ、快活に笑う彼女はまるで太陽のように佐折には見えた。手を振って、清瑚は翼を呼ぶ。


「翼、しっかり答えださないとね」

「ああ」

「?」


出ていく直前、何やら二人で言葉を交わし合っていたが、その翼の顔は先程とは打って変わって清々しいものになっていた。どうやら、彼が悩んでいたように見えたことは自分の中で決着がついたようだった。ただ、気になるし彼がもし未だに考えているのなら少しでも分かち合いたいとも思う。

ガチャ、とやけに大きく聞こえたドアの音を尻目に、話しかける。


「若狭さん、今日はどうしたんですか?何か悩んでいるように見えましたけど」

「ああ、清瑚に痛いところを突かれてな」

「なるほど……?それで、なにで悩んでいたんですか」


そう翼に問う。翼は笑顔で答えた。


「いや、清瑚に氷室崎さんとの関係ってなにって聞かれてな」

「ああ……」


言われて考え、佐折もその質問に答えることが難しいとわかった。先程冗談にメイドですのでと言ったが、本当のメイドであるわけはない。そして友達と言うにはあまりに関係が深く、そして……恋人であるかと言われたら今はまだあまりにも相手を知らなすぎる。

ただ、翼との関係は佐折にとって、そして多分彼にとっても心地の良いものであるのは確かに感じていた。

その関係を何だと問われたら、翼のように考え込むのは佐折とてそうなると思う。

……そんなことで悩んでいたのか、と言おうと思っていた自分を恥じたいと感じる佐折なのだった。


────二人は気づかない。それを考えているということは、今後もこの関係を続けたいと言う思いの裏返しということに。恋人や友達といえなくても、二人の関係を続けるための名前を考えているということに。


翼は答えを見つけたように、ニヤリと笑った。


「そこで、俺は気づいた。クラスメイトで俺の専属メイド……お世話をしてくれるそんな君は────クラスメイドってね」

「…………ダジャレじゃないですか」


何が来るのかと思えば、可愛いダジャレだった。

しかしその言葉の響きは不思議としっくり来る。友達でも恋人でもただのクラスメイトでもメイドでもない、その名前は。

そして何よりも彼が名前を付けてくれた関係というものに、笑みがこぼれた。

その笑みは破顔へと変わり、そして大きな笑いがお腹のそこから耐えきれずに出てきた。


「ふふっ、本当に、良いですね」

「そんな面白かった!?真面目に言ったんだけど……」

「それに、そんなことで悩んでいたら私に言ったほうが早くないですか?」

「う、確かに……」

「まあ良いですよ。これからもよろしくですね、”御主人様”」


微笑みと共に含みを持たせてそういうと、彼も微笑った。


「俺を支えてくれてありがとう、”クラスメイド”」

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