第6話 クラスメイドとお買い物と
3日後。翼たちは、隣町の少し大きめのスーパーにいた。そこはかなりの品揃えがあることで人気を博しており、翼も極稀に──時間があるときだが──買い物に来ていた。
「若狭さん、今日のご飯はどういたしましょうかね」
「うーん……今日は麺類が良いかなあ」
「分かりました」
この前、佐折が買い物くらい私が行きます、と言ってくれた。
それを受けて、とりあえず今日は一緒に来るということで合意して、今現在につながるというわけである。
翼の口数が明らかに少なくなっているのは──彼女は意識はしていない、気づいていないだろうが──佐折とデートじみたことをしていると気づいたからだ。赤くなった顔を背けつつ、不自然にならないように佐折の質問に答える。
「麺類、ですか。そうですね……今日は暑かったですし、そうめんなんてどうでしょうか?」
「お、そうだね」
「めんつゆってありますよね、なければ買いますが」
「もちろん。一通りの調味料はストックしてる、って言ったよな」
今日は夏の日差しといったものがいまだに残っていたので、少し秋方にしては暑かったのだ。
ちなみに、なぜ隣町という離れたところのスーパーにいるというかというと、クラスメイトの誰かに見られるとまずい事態になるためである。特に自分の友人二人。あいつらに会ってしまったらからかわれること間違いなしだろう。
「ちょーど目の前にいるみたいに……って、え?」
「え!?翼と、氷室崎さん!?」
目の前にいたのは、スーパーの制服に身を包んだ、清瑚であった。その長い髪を三房ほど横でまとめている、いわゆるサイドテールという髪型という出で立ちだったので、見た瞬間は全く気づかなかったのだ。彼女はそのきれいな目を大きく見開いて、驚きを顔全体で表現している。
佐折は外に出るため着替えていたが、メイド服のままであったら、かなりシュールかつ気まずい状況だっただろう。
「翼、これってどういう組み合わせ……?」
「ごめん、話は後でいいか。清瑚もそっちのほうが都合がいいだろ?」
「あ、確かに。ごめんなさい、氷室崎さん」
「え、俺に謝る流れじゃないの?」
なぜか佐折の方に謝辞を言う清瑚に、思わずツッコんでしまう翼なのだった。
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「それでは、事情聴取を行わせてもらいます」
ちゃっかり買い物を終えて、翼の家。腕を組んで仁王立ちする清瑚の前で、正座させられている翼は、申し訳無さそうな顔で口を開いた。
「黙ってたのは、すまん。このとおりだ」
「まあ、怒ってるわけじゃないよ。ただ、友達にこんな重要なこと話してくれなかったのが、ちょっと気に入らないだけ」
「怒ってますやん……、マジですまん。これには深い事情があるんだ」
「深い事情がなかったら、アンタはクラスメイトの女子にメイド服着せて住み込ませてる変態不審者よ。んで、その事情ってのは何?」
そこから説明を始めた。この前施行されたヤングケアラー介助法によって、対象者である翼を支えるために、ちょうど近くに住んでいた佐折が派遣された、ということを掻い摘んで言うと、清瑚は梅干しを丸呑みしたかのような何とも言えない表情をしている。
「で、翼がメイド服を着せたわけ?」
「違うわい!氷室崎さんが勝手に着てきたんだよ」
「ホントの話、氷室崎さん?」
「え、ええ。私が着てきましただけです」
佐折は何故か翼と話している時よりもぎこちなく、しかも日本語の正しさがどこへ行ってしまったのか、変な日本語と化している。
人見知りしているのかもしれない、そんなことを最初に言っていたし。
「氷室崎さんがそういうならそうなのかも……」
「だから言ってるじゃん!?」
「いやー、翼が言うことだからなにか嘘ついてる感じがして……、ごめん、疑って」
ここで謝ってくれるのが彼女の美徳だ。ただ、疑われ損感がすごいだけなので、翼は黙って聞いていた。
ひとしきり翼に聞きたいことを聞いた清瑚は、今度は矛先を佐折へと変える。
「それにしても氷室崎さん、その衣装似合ってるねー。それどこで買ったの?」
「あ、ああ。あっ、これは家に置いてあったやつで……」
「へー家にあるなんて珍しいね。それで、翼はどうなの?」
「若狭さん……いい人ですよ、私にはもったいないくらい」
「こんな奴だけどよろしくね、氷室崎さん」
「は、はい」
「おい、こんな奴ってなんだよ。お前はおかんか」
翼は清瑚の扱いにはもう慣れたもので、ズケズケと言っても良いということを知っている。なのでこんな辛辣なツッコミもできるのだ。
「そうそう、そうだ。何であなたヤングケアラーってこと言わなかったの?」
「それは、その、お前らに迷惑かけたくなくて……」
「あのねえ……、私達友達なんだけど?」
言外に何で頼らなかったのか、と詰められて、翼はぐっと黙るしかなかった。
なおも清瑚は続ける。
「そんなに私達って頼りにならない?面倒だとでも思っていたの?」
「……俺だって頼りにしてぇよ。でも、仲良くしてくれるお前らだからこそ気まずくしたくねぇんだ、俺の事情で」
そう切実に呟くと、顔を両側から掴まれた。
そして、強制的に前を向かせられる。
そこには、今にも泣き出しそうな顔の清瑚がいた。
「気まずくなるわけないじゃない……、友達って、そういうものでしょ……!」
「じゃあ、頼っても良いのか……?お前らに迷惑かけるかも知んねえぞ?」
「もちろんよ。いい、迷惑なんて自分が判断できるものじゃない。迷惑なことっていうのは、本当に他者が受け入れられないことだけがそれになるの」
「──」
「少なくとも、私はあなたを受け入れられる。多分、あいつも気だるげにそういうわ」
「……ありがとな。目、覚めたわ」
「お礼は1000倍返しね」
ニカッと快活に笑う清瑚に、本当にもったいないくらい最高の友達だな、と痛感した翼なのだった。
「うるせえよ、バカ友が!」
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