第5話 クラスメイドと放課後で
「あれ、氷室崎さん」
「あ、ああ。おかえりなさい。若狭さん、少し遅かったですね?」
太陽は傾き、横顔に茜を入れる黄昏。翼は学校から帰ってきた。先に玄関で立って待っていた佐折の背中に、そう言葉を投げかけた翼。メイド服のリボンを揺らして振り返る佐折は、小首をかしげて、顔を疑問の形にしていた。
「部活、入ってましたっけ?」
「いんや、入ってない。遅かったのは、買い物してたからだよ」
ホレ、と言わんばかりに手に持つマイバッグを揺らすと、佐折は納得したようだ。
玄関で立ち話するのも、誰かに見られる可能性があるので、とりあえず家に入ろうと手で促す。もちろん、鍵は自分しか持っていないのでそれ渡してからだ。
ガチャリと無機質な音を扉が発して、ゆったりと佐折が扉を開く。
「でも、私に言ってくだされば、買い物くらいは行ったんですけど……」
「女の子に労働させんのはあんまし良くないでしょ。それに、メニューを俺が決めといたら料理中にアドバイスとかヘルプできるからさ」
「そ、そうですか……」
翼の言葉に何故かそっぽを向いてしまった佐折をさておいて、キッチンへとたどり着いた翼。そのまま手際よくガサゴソと袋から買ったものを取り出していく。
「ちなみに今日のメニューは、意外とコツを掴めば簡単な肉じゃが。レシピは調べたら出てくると思うよ」
佐折は軽く頷いた。頑張ってみよう、といった感じの鼻息を出して、微笑ましい様子だ。それから、何かを思い出したように目を見開く。
「あ……。そういえば、学校で私のこと、話してましたよね?」
「ん、ああ。それとなく聞いたつもりだったんだけど……」
「あれでそれとなく聞いたつもりだったんですか」
めちゃくちゃに呆れられた。どうやら、遠くで聞いていた当の本人も無理があると思っていたらしい。
「お友達に聞く分は良いんですが、隠すにしてももう少しバレないようにしてくださいよ……。聞いていて、私がすごいヒヤヒヤしました。氷室崎だけに」
……なにか反応したほうが良いのだろうか。彼女が冗談を言うタイプだと思わなかった。どう反応したら良いかわかるはずもない翼は、とりあえずスルーの方針で行くことにした。
「ごめん、でも、氷室崎さんがメイドとして来てるってことは言ってないから、ギリ大丈夫……?」
「まあ、それを言ってたら本当にビックリしますけどね」
失望しないのは、何とも佐折らしい。まあ、出会って二日目といえばそうなのだが。
「若狭さんはもう少しコミュニケーションをするべきだと思いますよ」
「確かに……」
「私との会話も、本当に心臓に悪いですから」
「ん、なにか言った?」
「いえ、何も」
あまり友達とも遊びに行っていない、翼にとっては最もな指摘だ。そもそも異性とのまともなコミュニケーションは佐折とが初めてだ。
なお清瑚はほぼ向こうからめちゃくちゃに話しかけてくるので、カウントしていない。
「でもコミュニケーションの練習をするったって……。時間もないし。」
「私がいるじゃないですか」
「え?」
「だから、私がいるんじゃないんですか。私で良ければ、話し相手になりますよ」
今も話していると思うが、そこは突っ込まないことにする。まあ、意味を汲み取ると、私がもっと話して上げます、ということなのだろう。
「迷惑じゃなければ、ですけどね。私も若狭さんのお役に立ちたいので」
「ありがとう。やっぱ、氷室崎さんはいい人だな。俺にはもったいないくらいのメイドだ」
「あ、え、その……ありがとうございます」
思わず口をついて出た翼の褒め言葉に、ベタな例えだが、顔を熟れたりんごのように真っ赤にして照れる佐折。そんな彼女の様子に──あまりの彼女の美しさに、翼は見惚れてしまったのだ。転瞬、翼の心臓が酸素をもっと求めてバクバクと大きな音を立てる。佐折にその音が聞こえてしまいそうで、翼は慌てて離れる。
(ナチュラルに話してるから忘れてた……、可愛すぎるだろ。なんだその破壊力は)
そう、話し始めて2日目なのに馴染んでいて、完全に忘れ去っていた。彼女はクラス一の美人であり、この状況は男子にとっては喉から手が出るくらいの状況ということに今更ながら、遅まきながら気づいた翼。
どうやら未だに佐折は赤面しているようで、翼の急激な心情変化にも気づいていないようだ。
互いに恥ずかしがりあう、謎の空間に沈黙が降りること5分。佐折が口を開いた。
「──あの、私も、若狭さんがご主人様で、良かったと思ってます」
唐突に、巨大な爆弾が投下された。その爆弾に、翼は今度こそ時間が停止した。一切の思考が停止し、瞬きの回数が異様に増加した。
翼のその反応を見て、自分の言ったことの恥ずかしさに気づいたらしい佐折は、もはや目にも止まらぬ速度で、リビングを脱出していったのだった。
「はっ!今のは、夢?」
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