クラスメイド

にぎりあぶり

君はクラスメイド

第1話 クラスメイドは突然に

──ピンポーン。

来客を告げる電子鈴インターホンの快音が家の内に鳴り響いた。

リビングに置いてはいるが普段あまり座っていないソファで、一息ついていた若狭翼は、その音に首を傾げる。心当たりが一つもないからだ。

何かをネットで注文した記憶は皆無だし、お隣さんが回覧板を回してくるときは大抵ドアノブにかけるだけ。

親は言うまでもなく一緒に住んでいるので、仕送りという線もあるはずがない。

さしあたってはたぶん某国民的TV局の集金か、押し売りのセールスマンだろう……なんてことを考えながら、翼は玄関へ向かう。

どちらにせよすぐに押し返すが、居留守を使うのもなんとなく気が引ける。

ドアの向こうには人影が見え、イタズラという可能性も消えた。

ひんやりとしたドアノブに手をかけ、扉を開ける。

扉の先には、メイドがいた。


「は?」


バタン、と一瞬で扉を閉める。


「え?何だ、今の」


ひょっとしたら見間違いかもしれない。間違ってもウチはメイドを雇うようなリッチな豪邸ではないし、お隣さんもごく普通のありふれた一般家庭のはずだ。

普段の疲労が積み重なって翼に見せた幻覚なのかもしれない。というか、きっとそうだと思いたい。でなければ、何がしかの異常だろう。

直後、もう一度先程と同じくインターホンの呼び鈴が鳴らされる。

その音が皮肉にも扉の先のメイドが見間違いではないことを証明してしまった。

翼は恐る恐るドアを開け、ドアの前に変わらず立っているメイドに話しかける。


「えーっと……なにか御用でしょうか?」

「……まあ、御用ではありますが」


随分ときれいな声だった。いかにも鈴を転がしたような声、といった感じの。

というか、顔をよく見れば見覚えのある美少女で……。


「って!?氷室崎さん!?」

「はい、氷室崎です」


そう言いながらまるで本物のメイドのように、ペコリと頭を下げた彼女。

彼女──氷室崎佐折は、クラス1のクールな美少女である。その長い白髪はまるで絹のようであり、整った顔立ちは彼女のクールさをより一層引き立てている。ややつり目がちの目に灰色の瞳が、冷たい印象を増長してはいるが、澄んでいる。普段から無口で、誰とも話さずに黙々と授業を受けてはテストで高得点を連発しているため、皆の印象としては真面目な委員長系っぽさもある高嶺の花、といえばいいだろうか。

翼はメイド服に目を奪われていたため最初は気づけなかったが、なかなかにシュールと言うかカオスな状況だ。

というか不審者として通報されないのか?


「な、なんで氷室崎さんはそ、そんな格好で……?」

「え、ご存知ないのですか、ご主人様」

「ごしゅっ……」


絶句である。

いや確かに、こんなとびきりの美少女にご主人様と言われて嬉しくない高校生男子などツチノコよりも珍しいだろう。

しかし、こんな心の事前準備もなくかつ意味不明な状況で言われても混乱が加速する以外のことは起こらなかった。

翼は一旦思考を切るように、そして状況をリセットするために、極めて冷静を装って、提案する。


「じゃ、じゃあ、立ち話も何だし、とりあえず家に入ろうか」

「どうも。それでは、お邪魔いたします」


 @


『政府が定めたヤングケアラー介助法が、今日施行されました。この法律は、ヤングケアラー自身の健康を保護するために、政府が選びだした介護者を送るというものです。選ばれる対象者は、近くの家に住む同年代だということです』

「……だから、そんな格好をしてるのか。最近テレビ見てなかったのが仇になったな、クソ。普通にドッキリかなんかかと思ったわ」

「そうですね。それで、私はこの家で何を?」

「ちょちょっと、待ってくれ。まだ整理できてない。氷室崎さんはこの状況について、何も思ってないのか?そんな格好で、恥ずかしくないのか?」


翼は矢継ぎ早に質問を重ねる。情報は理解しても体……というよりかは感情がこの状況に未だ追いついていないからだ。

複数の質問を浴びせられた佐折は困ったように柳眉を下げ、おずおずと口を開く。


「私が選ばれた以上仕事はこなさないといけないでしょう。それに、この格好もべ、別に恥ずかしくはないですし……」

「いやめっちゃ恥ずかしそうなんだけど!?困るよその顔!」

「ですから恥ずかしくなんてないと……」


言いながらまるで熟れたリンゴのような顔の赤さをしている佐折に翼は何を言っていいかわからない。そもそも、まともに異性と話したのが数年ぶりなのだ。しかも、自分の家に相手を上げている状況など初めて。黙ってしまうのも無理はなかった。

しばらく、無言という気まずい空気が二人の間を包み込む。

顔を伏せているように見える佐折は物珍しいらしく目をあちらこちらに飛ばしている。

先に口を開いたのは、翼だった。


「氷室崎さん、俺がヤングケアラーだってことを知ってたの?」

「いえ、全くこれっぽっちも。そもそも、私の家が一番あなたの家に近かったので選ばれた、という感じなので、学校内での情報しか私は知らないです。学校では他人と話してもいないですし」

「まあ、そりゃそうか……。どうせなら、俺の事も知ってもらったほうがいいか。」


そう前置きして、翼は語りだす。

翼の家庭は元々一般的なありふれた家庭だ。ただ、母親が外資系の企業の重役を務めているとかなんとかで、家にいることが少なかったのはあった。

そして数年前、父が家にいるときに倒れたところから翼の家庭は大きく変わった。

父は会社でイジメ……いわゆるパワハラ的なことをされていたことが発覚した。それによってうつ病を発症してしまったのだ、と医者に言われた。

あまり家にいない、というかほとんど家にいることがなかった母の代わりに、翼が父親の生活の面倒を見るようになった。

友達にもこんなことを言えるはずもなく、精を出していた部活をやめて家のことを一人ですべてやる生活を中学卒業まで続けた。

高校に入ってからも、あまり不幸を愚痴る訳にも行かないので、担任にそれとなく言う、くらいしかしていなかった。


「ってな感じだ。なんの面白味もない話でごめんな」

「いえ、お話してくださりありがとうございます。面白味はなくとも、私とは無縁の若狭さんが少し近くに感じられました」


翼が滔々と語った話を、佐折は嫌な顔ひとつせず聞いていた。

話しながら翼が時折辛そうな顔をしていることは佐折以外当人も気づいていないだろう。

ちなみにご主人様呼びは当人も恥ずかしかったらしく、翼の言で苗字呼びにしている。


「それに、若狭さんの顔、少し明るくなってますよ」

「──っ?」


その指摘に、まるで予想外だというように目を見開く翼。ペタペタと確かめるように頬に触れていると、彼女はとても優しい声色で言葉を続けた。


「安心、したんじゃないんですかね」

「安、心……」

「誰にも言えなかったことを言えたっていうのは、それだけで心が軽くなるものです。数年間、若狭さんは一人で家族を支えてきたんですね。すごいです、あなたは。あなたのその顔が見られた、それだけで私が派遣された意味がわかりましたよ」


佐折の言葉は、スルスルと耳に入ってきた。彼女がいい声だから、などという理由ではない。ゆっくりと語りかける言葉が、翼の心の本当を撃ち抜いていることに気づいたからだ。

そして翼は、触っていた頬に熱いものが滑り落ちていることにも気づいた。


「ああ、そういうことか……。俺は誰かに、支えてもらいたかったんだな。俺もまだまだ、子供だ」

「ふふ、私を頼ってくださいね、ご主人様」


そう微笑む彼女に、これからもお世話になりそうな予感を感じる俺だった。



「そういえば、学校であんなに無口だったのはなんで?」

「私あまり言葉が多くないので伝わらないことが多くて……」

「そんなことはないと思うけどな。普通にいい声してるし」

「!?…………あ、ありがとうございます……」

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