第4話 転生の魔術
ガゴン——と、広く先の見えない廊下。その先へと繋がる扉に掛けられた術式が解ける音が響く。
『お待ちしておりました、ポリフ様』
『どうして、お主はワシがポリフと分かるのじゃ?』
赤と黄色の紅葉が入り混じった様な輝く瞳。
派手な瞳が霞んで見える程の新緑の頭髪。
その髪に違和感を覚え、指の間を通しながら、驚いた様子でポリフは騎士に問い掛ける。
『ティア様から申しつかっておりましたので』
『お主は
『knight of Heart——
『そうか、そうか……——』
ポリフの背は縮み、肌は潤いを取り戻し、身体の節々の痛みは消えていた。
『二度目の人生か』
『左様で御座います』
『性別まで変える必要があったのかのう?』
『それは意図したものでは無く、どちらかと言うと副作用に近いかと思慮します』
『なるほどのう……』
長年を掛けて蓄積して来た知識と経験。それらを兼ね備えたままポリフは強制的にグミと同じ年齢に若返っていた。
新しい名前は、ポーリ。家名は特に考えてないから適当に——と、手紙にはそんな出だしから始まり、隙間無く埋め尽くされた文字はアイラがどれだけ優れているかを書き記した内容で、手紙の最後の一枚には、グミと同じ学年で監視しながら二度目の人生を楽しめ——と、下手な似顔絵と共に書き綴られていた。
『マシュウ……じゃったか? ワシは人生をやり直せるのであれば、やりたい事があったんじゃが、良いか?』
『お伺いしても?』
『聞いてくれるか? ワシの術式は“
『存じております』
『じゃったら、その魔術が役に立たない事も』
『存じております。制約が多く、実戦では使えなかったと』
元々着ていたサイズの合わない服を折り畳み、現在の姿形に合わせながらポリフ改め、ポーリは可愛く微笑むと話しを続けた。
『その通りじゃ。魔術協会に登録した時は、最強の魔術と本気で考えておったんじゃがのう』
『その様な事は御座いません。素晴らしい術式かと——』
『世辞はよい。じゃから、ワシは本当に最強で最高の術式を生涯を掛けて考えておったんじゃが、二度目の人生か……そうか、そうか』
そう言いながら、手のひらを上に向けて繰り出したのは
それ以上を編もうとしても、体内の魔力を上手く巡らせる事が出来ず、魔素を操れずに
『魔力回路も若返ったということかのう』
頭をポリポリと掻きながら、ポーリは垂れた眼を細めてマシュウに笑いかける。
『お下がり下さい!!』
その様子を黙って見ていたもう一人の騎士がポーリとマシュウの前に立ち、見えない斬撃をその身で受け止めた。
『そうじゃ! その魔術がワシの理想系じゃ!』
『今はその様な事を言っている場合ではありません。国王派の襲撃です。今はお逃げ下さい』
『嫌じゃ! そっちの奴の術式をもっとよく見せてくれい!』
騎士の鎧は見えない斬撃に当てられて斬り裂かれ、その下の皮膚にまで到達して血をばら撒き、筋肉が裂けてはいたが、その下の骨の膜がゆっくりと白煙を上げて修復が始まっていた。
その様子を、目を細めてポーリは凝視するがマシュウに手を引かれてその場から遠ざけられた。
『後で幾らでも見せますから我儘を言わずに、早く逃げますよ!』
そんな光景を別室で眺めるアイラとティア。
『何か変化はあったか?』
『ポリフの転生は成功しています』
五十平方メートル程度の円形の部屋。
屋外にある庭園の様に陽光が差し込んではいるが、屋根部には透明の鋼材が敷き詰められていて、鱗の様に煌めいている。
部屋の壁面には学園内は勿論、何処の国の何処かの一室とも分からない様子が映し出された映像を処理する為の魔術道具が無数に設置されていた。
外はまだ肌寒いが、室内は暖かく。部屋の中央に成育された奇怪な花々が気持ちよさそうに、ゆっくりと揺れている。そんな部屋で魔獣の皮をあしらった高級な
『ポーリと呼んでやれ。アレが成功したのは知っている。誰がこのタイミングで襲って来た?』
『第四王子、グラッセの私兵ですわね』
ティアは呆れた様子で両腕を組んで溜息を漏らす。
『あんな雑魚相手に逃げだすなんて、情け無い。逃げずに見せしめに殺すなり、捉えるなりすれば良いのに』
『出来ないんだろう。あいつらは兎も角、ポーリの存在がバレない事が最優先だからな』
『バレないですわよ。だって、何もかもが違い過ぎますし、そもそも、そんな魔術を誰かが知っている訳がない。ましてや第四王子如きが知っている訳ありませんもの』
ティアの言う事は正しく。魔術がこの世界に編み出されて数百年。様々な者達が研究や研鑽を重ねて産み出された魔術の中で、生まれ変わりや生命の蘇生、永遠の命などという術式は未だに辿り着けない領域だった。
その分類の中の若返りという術式に至っては遥か昔にその存在が人族では無い、異種族の間で噂になった程度で、それ程に稀少な魔術の存在を悟る事など、少なくとも第四王子グラッセには不可能だった。
『そうだな——』
アイラはティアの頭に手を置いて違う映像を眺め、鼻で笑う。
視線の先には、報告を待つ第四王子グラッセの様子が映し出されていた。
二人の部屋とは異なり、グラッセの寝室には魔道具の類は一切なく。木組みの寝床に布団を敷いた、ベットと呼ぶには些か問題のある不衛生な寝具と木の机。変色した木の椅子が置かれただけの、明かり取りの窓も無い、悪く言えば牢屋の様な一室で、落ち着かない様子で、偵察者からの報告を待ち侘びていた。
『えい、クソ! 犬共の癖に俺達に、王族に刃向かおうなどと企てよって!』
ダンっ——と、木板の床を踏みしだき、怒りを隠せない。
『兄様も兄様だ。興味が無さ過ぎるだろ! 国王と王妃も外交で忙しく、国内になど殆どいないのだから、俺が、俺だけはしっかりとしていなければ……』
グラッセ・ンセン・エノワールド。
エノワールド王国の第四王子。
金色の髪に一筋の白金が目立つ頭髪は、王家の血筋を示していた。その髪は短く整えられ逆立たせ、幼少期から鍛え続けている身体には脂肪分など殆ど無く。偽物の様に濃い青を放つ虹彩で自室の扉を凝視する。
『グラッセ様! よろしいでしょうか!!』
『おう! 入れ!!』
『失礼します——』
黒の外套を纏った男が扉を開け放ち跪く。
王国に仕える騎士とは異なる、グラッセ直属の私兵で総数は僅か八名。その内、四名がグラッセの狭い部屋に申し訳なさそうに立ち入る。
本来でアレばグラッセの命を守る為に国王、王妃が用意した者達だが、近年は第四王子勅命の元、鎧を脱ぎ捨て、魔防具を身に纏い、日夜諜報活動に明け暮れていた。
こんなつもりでは無かったのに——と、多くの私兵がグラッセの勅命をゴッコと揶揄しては、他の王子王女の元へと去って行った。それに対して、ここに集まった四名を含む八名は、本気でグラッセを国王にして、その恩恵を拝受しようと画策する、言わばグラッセと想いを共有した腹心達だ。
『それで、報告は!?』
廊下に響く様に、襲撃を隠す様子も無く声を荒らげる。
その辺にいた使用人達は、またゴッコが始まったか——と、鼻で笑い聞かない振りをして散らばって行く。
『学園に何者かを送り込もうと画策しているのかと——』
『学園? チヨコレイ塔魔導学院の事か?』
『正しく、その通りで。未だその目的は探れてはおりませんが、何かを企てている様子』
『分かった。お前達は引き続き調べ、詳細分かり次第俺に報告を』
『グラッセ様は?』
『俺か? 俺はその学園とやらに入らせて貰うとしよう』
——その様子を眺めて鼻で笑うティア。
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