第121話

  【三人称・出部金でぶかねの視点】




 C市ダンジョン都市、地下第7階層、出部金でぶかね組モニタールーム。


「くっ……。デジタル・ソウルの生存反応が絶たれた」

 赤阪が愕然がくぜんとなった。全身を固まらせる。


「なんだとおーっ!」

 出部金でぶかねが悲鳴のような声をあげた。「スケルトン・ウォーリア8体、ワーウルフ、デジタル・ソウル……。今日一日で、『石拾い人夫』、一万数千人分の魔石採掘能力が失われたというのかっ! 赤阪、これは全てお前の責任だぞ!」


 出部金が叫ぶ間にも、すでに出部金でぶかねのいるモニタールームと同じ階層の監視カメラの映像が、どんどん消えていく。

 モニタールームに遠いところに設置されたカメラから、近いところに設置されているカメラへと、順々に消えていくのが、背筋が凍るほどに不気味だった。



「なぜだ!? なぜモニターが映らんのだっ!?」


 出部金の顔には恐怖が張りつき、その太った体が小刻みに震えはじめる。


「この監視カメラシステムはすべて大宮司電機製だぞ! 赤阪、おまえは、大宮司商事の社員だろ。なんとかしろ!」


「言われずとも、とっくにやってる! だが、大宮司商事のサーバーがコマンド入力を受けつけないんだ!」


「結局おまえには操作する権限が西ノ宮総一朗さまから与えられてないだけじゃないだろうな!」


「そんなわけがない。俺の管理者権限は、10段階のレベル8だぞ。レベル10は総帥そうすいただひとり、レベル9も本社のごく一部しかもってない!」


「だったら、どうしてコマンドを受け付けない!?」


「それがわかれば苦労しない!」


「おい! 誰か! 誰か応えろ! 生きてるやつはいるか!?」

 ネットワーク通信機をつかって、戦闘に送り出した出部金の手下を呼びだそうとする。


 通信機から返ってくるのは、ノイズ混じりの静寂だけだった。


 やがて、出部金のいる建物の入口の映像が消えた。次に、出部金のいるモニタールームまでの通路の映像が順々に消えていく。


 屋敷の廊下を映す映像の一つで、暗闇の中で何かが動いているのが見えた。出部金はその影に目を凝らす。だが、映像が暗すぎて、正体がまったく掴めない。ただ、次々に近いカメラの映像が消えていくことから、が確実にこちらに向かってきていることだけが、はっきりしていた。


「なんだ? いったい何がこっちに迫ってるんだぁーっ!?」

 出部金でぶかねの心臓が張り裂けそうなまでに鼓動を高める。


 出部金でぶかねの顔に恐怖がはりつめる。


「おいおい、誰だ? いさぎよく出てこいっ!」

 出部金でぶかねがコンソールに据え付けられたマイクに向かって叫ぶ。「クソども! だれでもいい。こっちにきてワシを守れ!」

 しかし、返事はない。


 コツコツ……、コツコツ……。ついに出部金でぶかねの耳にも、近づいてくるものの、廊下からの足音が、直接聞こえてきた。


「ひっ……。ひいいいいっ!」

 出部金でぶかねが腰を抜かして、床に座りこむ。


 モニタールームでパニックが起きた。

「裏口からにげるんだーっ!」

 モニタールームのオペレーターの一人が叫び、我先に逃げ出していく。


「はやく。ワシも逃げねばっ」


 出部金でぶかねが、太った重たい体を、なんとか立ちあがらせようしたところで……、

出部金でぶかねさん」


 スピーカーから、声がかかった。金主である上位組織の組長だ。


「まさか、金主とのWEB会議をほっぽりだして逃げるつもりじゃないだろね」


「し、しかし今は……」


「どうやら、聞いてれば、極めて貴重な従魔、『デジタル・ソウル』までもが失われたようじゃないか」


「そ、それは……」


「とりあえず、もう一度、採決をとってみようか……」


「うっ……」


 AIの声がした。

出部金岩男でぶかねいわお氏の生存処遇について、議決が再提起されました》


《A組長 出資率22パーセント 否定》

《B氏 出資率18パーセント 否定》

《C氏 出資率17パーセント 否定》

《D氏 出資率16パーセント 否定》

《E氏 出資率9パーセント 否定》

《F氏 出資率8パーセント 否定》

《G氏 出資率6パーセント 否定》

《H氏 出資率4パーセント 否定》

《西ノ宮総一朗総帥そうすい、欠席。そのため彼の投資額は、今回の出資率に含まれません》


「ひえええええ!」

 悲鳴をあげた出部金でぶかねが、懐から咄嗟とっさに『魅了』のスクロールを取り出し、使用した。


「……さあ、金主たちよ! 再投票決議を提起し、全員、ワシの生存を肯定するんだ!」


「そうだな。再投票決議が必要だな」

 A組長が、うつろな目をしたまま言った。完全に『魅了』の魔法が効いている。


 再び、AIの声。

出部金岩男でぶかねいわお氏の生存処遇について、再投票議決が提起されました》


《A組長 肯定》

《B氏 肯定》


「ふひひひひ……!」

 出部金でぶかねの、醜い笑い声がひびく。


《C氏 肯定》

《D氏 肯定》

《E氏 肯定》

《F氏 肯定》

《G氏 肯定》

《H氏 肯定》


「ぎゃはははっ。 ざまぁみろ、クソ野郎ども! カネ持ってるからってよ、今まで、さんざんデカいツラしやがって! ワシの命を奪おうなんざ、100万年早ぇんだよ! お前らなんか、ワシの手のひらの上で踊ってりゃいいんだよ、一生な!」


《続いて、最後の投票がなされました》


「なっ」

 気づくと、WEB会議用に割り当てられていたモニターの消えていた分割画面に、いつの間にか白髪はくはつの男の姿が映っていた。


《西ノ宮総一朗総帥 出資率99パーセント 否定》


「ぎゃああああっ!」

 出部金でぶかねが、新たな『魅了』のスクロールを取り出し、総一朗に使用する。しかし、魔法は簡単に抵抗レジストされてしまった。


《否定99パーセント、肯定1パーセント。出部金岩男でぶかねいわお氏の生存は否定されました》


「生成AIで自動的に文字起こしされるWEB会議の議事録は読ませてもらったよ」

 総一朗の冷たい言葉が響く。総一朗のIQは極めて高く、ビジネス関連の書類の束を、パラパラめくって一瞬で読めてしまう。


「ひゃあっ! ち……、違うんです。総一朗さま! こ、これは……」


「赤阪は……。逃げたか」

「!」

 総一朗の言葉に、出部金でぶかねが部屋の周囲を見る。すでに、部屋の中には出部金でぶかね一人だけ。他は、全員が逃げてしまって、誰もいなかった。


「まあ、それはいい。とりあえず……」

「は、はいぃぃぃーっ!」

出部金でぶかね、自害しろ!」

 それだけ言うと、総一朗の通信がぷつんと切れた。


「いやああああっ! 総一朗さま、お助けをーっ!」

 『誓約の腕輪』をはめている出部金でぶかねは、命令に逆らうことができない。

 通信が切れて黒くなったモニターにすがりつく出部金でぶかねの右手が勝手に動く。腰に装備していたレイピアを右手が抜く。その刃がゆっくりと出部金でぶかねの首にあたり……


「ひいいいっ! やめてええええっ!」



 …………


 ピシャッ!


 多量の鮮血が、周囲に飛び散った。

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ただのゲーム好きの高校生。現実世界のほうが、やり込んだゲームみたいになって、バカにしてたヤンキーらをボコボコにする 眞田幸有 @yukisanada

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