言いなりイデン
我らが神よ、罰をお与えください。
そんな突拍子もない台詞を添えて手のひらを返した三ツ目達は、どうやらイウの
特にイデン。イウがちょっと歩くごとに「そこに段差がございます」「お疲れではありませんか」「そろそろお水を飲まれませ」と世話を焼いてきて、モリンにしてみれば正直これ以上なくうっとうしい。イウがそれを断るでもなく、ひたすらぽかんとしているせいでやめる気配もない。
「……おい、あいつなんとかしろよ」
耳元で囁くと、ユロはぽっと頬を赤くして言った。
「イウさまがちっとも罰をお与えにならないから、罪滅ぼしをしてるんだよ」
「だからそれが迷惑だっての」
ため息をつくと、ユロの肩にどすんと肘を乗せて体重をかける。イウはこういうことをするとくにゃんと曲がってしまって支えにならないし、シュドはシュドだし、こうして多少雑に扱ってもいい丈夫な仲間が増えたことだけは、まあいいのかもしれない。まだ顔を見られることに慣れていないのか、すぐ赤くなるのがしょぼいが。
「そろそろ慣れろよな」
「な、慣れろって、こんなの無理だ……」
「イウ以下だぞお前」
「神と比べられても」
こいつも多少まともに見えて、イウをずっと神扱いしてるんだよな……。
相変わらず焚き火が燃える様子を延々と凝視しているイウを見て、モリンは立ち上がると彼女の肩をちょんちょんと指先でつついた。振り返ったイウが「モリン」と嬉しそうに言って微笑む。
「モリン、見て」
そう言うと、イウは荷物から塩粒を取り出してパラパラと焚き火に振りかける。炎がパッと黄色に染まって弾けた。
「綺麗」
「おう。でもあんまやりすぎんなよ。土が悪くなるぞ」
「うん……少しだけ」
「わかってんならいい」
そう言うと、「それで、なに?」と尋ねられたので隣に座り直す。こういうところがシュドとの大きな違いである。常に未知のものに夢中だが、相手を見るのも忘れない。
「あいつにさ、そろそろちょっと罰を与えてやろうぜ」
「え?」
「笠の下にいくつ目があるか、気になってんだろ?」
こそこそと計画を囁くと、焚き火の向こうでユロが渋い顔になった。やはり聞こえているらしい。
「おい、止めんなよ」
「〈プログラマ〉のなされることだ、止めたりしない」
「らしいぜ」
イウはしばらく戸惑ったように口元をむずむずさせていたが、モリンが「それでチャラってことにしてやれよ。あいつもかわいそうだろ、ずっと罪の意識に苛まれ続けるのは」と言うと決心したようだった。新しく調達した蜘蛛織の面の向こうで、虹の瞳がきりりとした気配がした。
「やって、みる」
「おう。が、がんばれ」
モリンは既に笑いを堪えきれずに震えていたが、イウはそれを武者震いと受け取ったようだ。彼女は緊張で指先を震わせながら、そうっとイデンの背後に回り込んだ。明らかに気づかれているが、イウが何かしようとしているのを察して、イデンは動かない。
そして彼女は、イデンの被っている三ツ目の面に手をかけて、ズボッと引っこ抜いた!
「……おや」
「目が、みっつ」
黒い肌に金の瞳。額に大きく描かれた光る目玉模様。
「光毒の化粧。断崖集落の出身か」
シュドが言うと、イデンは「よくご存知で」と頷いた。全く恥ずかしがっていない様子を見て、イウは困惑しているようだ。
「これは……没収する」
イウが決然と、頑張って大きな声を出して言った。するとイデンは不思議そうな顔をして頷いた。
「はあ……欲しいなら差し上げますが」
「返してあげない」
「よろしいですよ。塔へ帰れば替えがありますから」
「モリン……どうしよう」
「と、ぶッ、とりあえず、もらっとけ」
「……うん」
大きな籠を抱えてとぼとぼ戻ってきたイウは、元の場所にぽすんと座り直すと、そこらに落ちている葉っぱをせっせと拾っては三ツ目籠に詰め始めた。ふかふかの落ち葉布団ができたところで、服の中からはみ出してきたアースロを中に入れてやる。が、アースロは気に入らなかったようで、中の葉っぱを何枚かかじると這い出してイウの膝の上に落ち着いた。自分の頭だったものを虫に足蹴にされて、イデンが微妙な顔をした。
膝の上のアースロをひと撫でして、イウが言う。
「やはり、いらない。朝になったら返す」
「……そうですか」
落ち葉を山ほど突っ込まれ、虫に捨てられたのを返すと言われてイデンが更に微妙な顔になった。モリンはもはや笑いすぎて起き上がることもできず、ユロは「おいたわしい」と誰に向かって言っているのかわからぬ台詞をつぶやき、シュドは籠の中の落ち葉を地面にぶちまけて内部構造をじっくり調べている。
それを見て和やかに笑い、全員に夕食のおかわりをよそってやっているイデンを見て、こいつの世話焼きは罪滅ぼしでも何でもないのかもしれないと、モリンはちょっとだけ思った。
イレアの果て 綿野 明 @aki_wata
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