番外編

はみだしモリン

「……それ」


 囁き声を聞きとった少女は立ち止まって振り返ったが、隣を歩く青年はそのまま通り過ぎていった。無視しているのではなく、声が小さすぎて聞こえていないのである。


「どした?」


 モリンが尋ねると、イウは「それ」と繰り返してモリンの腰のあたりを指さした。見下ろすが、特に何もない。


「なんだよ」

「はみだしている」

「は?」

「服が、はみだしている」


 モリンはしばし考え込み、そして「ああ」と声を上げた。


「これのことか?」


 ぴょん、と跳ぶ。端のところが足首に結び付けられている風合羽はそれほど膨らまないが、中に来ている上着の裾の布飾りはひらりと捲れ、風合羽の布地から少しだけ顔を覗かせる。


「それ」

「産地が違うからな。風合羽は花園製だけど、この上着は温泉郷で買ったから」

「温泉郷……」

「おう。あったかい湯につかれるんだ」

 そう言うと、イウは「お湯……」と復唱した。感情の読めない反応である。

「紅葉が綺麗だぜ」

「紅葉……」


 今度は面の下の頬がはっきり赤くなった。興味があるようだ。


「こないだ、光毒の化粧をするやつらがいるって言ったろ? あそこの隣の区域だよ」

「紅葉の赤は、夕日の赤とは違うの?」


 空を見上げながらイウが囁く。モリンも隣で腕を組んで見上げ、「かなり似てるな」と言った。


「空の赤色が、木々の梢まで降りてきた感じだな」

「……!」


 言葉もないようだ。いつか見せてやりたいとモリンが思っていると、いつもの空気の読めなさでシュドが会話をぶったぎってきた。


「産地が違う衣服を組み合わせることで、〈コリジョン〉系の〈バグ〉が発生するのか? 初耳だ」

「そうか? どんな洒落た服でも、組み合わせを間違うと……って言うだろ。俺の風合羽はお洒落でとっかえるわけにもいかねえからな。まあしょうがないんだよ」

「組み合わせ」


 シュドの声が低くなる。これは意味がわからなくて考え込んでいる時の声である。そんな常識もないのかよ、とモリンは思って、そういえばと彼らの故郷のことを思い出した。


「そういや、編者様は毎日あの長いローブだもんな。服の組み合わせとかないか」

「組み合わせによって効果を発揮するものなのか?」

「効果っつうか、見た目の印象が変わるだろ」


 伏し目の面がふっとそらされた。どうでもいいことだったらしい。イウの方は「モリンのその上着の茶色と、風合羽の灰緑はとても美しい組み合わせだと思う。湿原の森のよう」と微笑んでいる。同じ塔の中で同じように育ったのだろうに、どうしてこうも会話の成り立ち具合に差があるのだろうか。


「お前も、この辺の服屋を見てみるか? 一応神官を名乗ってるからな、ここで着替えるのは無理だけど、水中遺跡に行ったら着ればいい


 そう言うと、イウは少し考えて「……もう少し、このままでいい」と言った。


「そうか? 綺麗な染め帯とかあるぜ」

「染め帯……は見てみたいけれど、着るのはこれでいい。モリンが、可愛いと言ってくれたから」

「そっか」


 微笑ましい気持ちになって、手を伸ばしてポンポンと頭を撫でてやると、イウの手が伸びてきて三倍くらい撫で回された。どうもこいつは、モリンのことをビョウか何かだと勘違いしているらしい。

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