第85話 醜焉
あゆみの描いた絵が、ただの見間違いであってほしいと願った。しかし、すべての事柄が颯太が犯人であることを示していた。
隆平の母親が襲われた日の翌日、シャツを汚してだめにしてしまったから一枚譲ってほしいと、颯太に頼まれた。
あのときごみ箱に投げこまれていた颯太のシャツには、点々と血が飛び散ったような跡があった。あれはもしかしたら、隆平の母を襲ったときについた返り血だったのではないか。
そこまで予想がついていながら、弟を信じたい思いには抗えず、圭太は目を背けた。
それからも、圭太は見て見ぬふりを続けた。
ハムスターが動かなくなったと言われて覗きこんだケージ。切り刻まれたハムスターの死骸。血で汚れていた颯太の手。
あの夜、ハムスターを埋めようと、物置からシャベルを探した。颯太の凶行を、一刻も早く両親の目が届かないところへ隠さなければと思った。物置の中には、血のついたバットが立てかけられていた。隆平の母を襲った際に使った凶器なのだろうと悟った。
颯太が祖母の死を悲しんだのはたった一瞬、通夜の席では親戚たちに囲まれ、へらへらと笑っていた。葬儀の後はさっさと祖母の部屋の荷物を処分し、自室にした。以前から欲しがっていたエアコン付きの部屋を手に入れ、颯太はご満悦だった。
「兄ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。警察は僕が犯人だなんて気づいてないよ」
颯太は笑いながら言い、漫画の続きを読みはじめた。
いつから弟は、こんな人間になってしまったのだろう。
手作りの人形を馬鹿にされただけで、気持ち悪いと言われただけで、カレーが食べられなかっただけで、他人を傷つけられるなんて正気じゃない。いたずらに生き物を殺すなんて狂っている。
甘ったれの泣き虫だった颯太。誰にでも笑顔で接し、人懐こかった颯太。家族思いで、特別おばあちゃん子だった颯太。
そんな可愛い弟は、もういない。
ここにいるのは、人間の心がわからないモンスターだ。
こいつはこれからもきっと、他人を傷つけ続けるだろう。
圭太はそっと弟の背後に回った。
「いつまでも逃げてるなよな」祥吾の言葉を胸に刻む。
祥吾には見抜かれていた。確かに、自分はずっと逃げてきた。何をするにも祥吾に任せきりで、自分ではろくに考えもしない。面倒なこと、責任がかかることからは遠ざかり、常に周りの顔色を窺ってきた。現実から目を背け、弟が異常者になっていたことを認めないままでいた。
(俺にかけられた呪いのせいで颯太が変わってしまったのなら、俺は今こそここで責任をとるべきなんだろう)
部屋に入る前から後ろ手に握り続けていたバットの感触を、圭太は今一度確かめた。物置から持ってきた金属バット。昔はよくこれを使って、颯太と遊んだ。
現在は、通り魔被害者たちの血がこびりついたバット。
静かに構える。
「颯太、ごめんな」
圭太は弟の後頭部めがけて、バットを振り下ろした。
<終>
呪いと仲直りする方法 未由季 @moshikame87
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