エピローグ

 入院中、理人は多くのことを考える時間を持ち、自己の在り方について省みることができた。昔の理人は失敗や不完全な結果を許容できず、自己の評価が低くなることを恐れ、不安と焦燥に苦しんでいた。


 そして、ミヤビから授けられたエレメンタルフォースは、最初は彼にとって強大な力であると同時に、その魅力に取り憑かれるあまり、コントロール不可の自己犠牲的な暴走から旧市街の住民たちに多大な被害をもたらした。それが彼の内に大きなコンプレックスとなり、自己を受け入れることができずにいたが、今は違う。


 母・アンが身代わりになって幼い理人の命を救おうとし、事故で意識不明になり安楽死した後、父・ヘンリーが母の臓器を致命的な状態にあった理人の体に移植したという新たな事実を理人は入院中に知らされた。母の思いや父の決意について考える機会を得ることができたことで、彼は新たな一歩を踏み出そうとしていた。


 長い入院生活から解放され、理人は再び自分の足で歩けることに感謝の念を抱きながら、病院のある中立エリアを後にした。



旧市街アルバエリアの「迷子書房」は静かな雰囲気に包まれていた。古びた書棚には古書がずらりと並び、古書好きの人々が静かに本を選んでいた。宙太はレジの前で本を整理しており、理人の入店に気付いて微笑んだ。


「理人君、おかえりなさい。退院したんだね。」


 宙太の声には温かさが溢れており、理人はハニカミながら応えた。


「はい、退院しました。宙太さん、この度はお世話になりました。」


 と、挨拶した理人の心には一つの気掛かりなことが残っていた。彼が発動したエレメンタルフォースの暴走により旧市街アルバエリアは壊滅的な被害を受け、宙太はその処理に追われていたはずなだけに負い目を感じていたからだ。理人は宙太に深く頭を下げ、申し訳なさそうに謝罪した。


「宙太さん、本当にすみません。あの時のこと、あなたが被った負担…」


宙太さんは優しく笑って応えた。


「理人君、それは仕方ないよ。君が無事で戻ってきてくれたことが何よりの喜びなんだからさ。」


そして、理人は古書店内を見渡した。すると、一角に佇むミヤビが本を手に取って熱心に読んでいるのが目に入った。理人は静かに近づき、ミヤビに声をかけた。


「ミヤビ、久しぶりだね。」



ミヤビは本から顔を上げ、理人に微笑みかけると、新たな始まりを告げるかのような予感が理人の心に広がった。


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幽愁のモラトリアム 悠稀よう子 @majo_neco_ren

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