第7話 深淵からの危機一髪

 電子音に包まれた手術室の中、アレクサンダー医師は緊迫した空気の中で手術に集中していた。彼の手は、理人リヒト脆弱きじゃくな命を操るために熟練した技術を発揮していた。その時、予期せぬ声が彼の耳元に届いた。それはかつて深く愛した女性、アンの声だった。アレクサンダーにとって懐かしくも切ないその声は、理人の体内、ひいては患者クランケの魂の奥深くから聞こえてくるようだった。


「アレク、理人を助けてほしいの・・・」という杏の声には、愛と悲しみ、そして未練が混じり合った切ない懇願こんがんが込められていた。



 アレクサンダーの心は揺れ動いた。かつて、杏との関係を思い出す。杏が病棟のクラークとして働き始めた頃、アレクサンダーは病院内における足取りは確実で、医療のプロとしての自信に満ちていた。二人は病院のカフェで偶然隣り合わせた出会いから知り合い、次第に惹かれていった。アレクサンダーは杏の魅力的な笑顔に惹かれ、杏はアレクサンダーの医師としての腕前に感銘を受けた。


 しかし、秘密の情事を共有していた彼らだったが、杏はヘンリーとの新しい恋に心を奪われたことで、アレクサンダーとの関係に終止符を打つ決断を下す。既婚者だったアレクサンダーはそれを受け入れるしかなかったが、彼の心には深い切なさが残った。杏との別れは、彼の人生に暗い影を投げかけ、彼の心に深々と刻まれた出来事であった。



 アレクサンダーは杏の声に導かれるように、腹腔鏡ふくくうきょう手術のプロトコルを逸脱し、理人の腹部を正中切開せいちゅうせっかいした。切開した瞬間、理人の体内から伸びる、まるで生命を宿したかのように蠢く、見覚えのある愛人の大人びた雰囲気のシックな茶色い髪の毛の群集が現れた。この超自然的な現象に、手術室は一瞬の静寂に包まれた。


 その髪の毛は、まるで生きているかのように動き、医療チームのナースロイドたちに蛇がとぐろを巻くが如く絡みつき始めた。ナースロイドたちは機械的な精密さで応答しようとしたが、杏の髪の毛を通じて理人の体内に充満する負のエレメンタルフォースが強力な放電を始めた途端に電撃が走り、一斉に感電ショートしたナースロイドたちは瞬時に機能停止に陥り、悪夢に囚われた。


 アレクサンダーはこの信じがたい出来事を前に、衝撃と驚きで一瞬言葉を失った。しかし、彼の手は再び、理人の体内に巣食う異次元エネルギーの核心に向けられた。


 アレクサンダーの手は理人の体内を慎重に探り、ついにその深淵しんえんに潜む異次元エネルギーの源泉に到達した。彼の前に現れたのは、現実とは異なる次元から来る、輝くエネルギーの渦だった。この渦は、理人の生命力と結びつき、不安定なエネルギーフィールドを形成していた。科学の理解を超えた現象に直面し、一瞬たじろぐも、特殊な手術器具を用いてエネルギーフィールドを安定化させた。


 ついに、異次元エネルギーは制御され、理人の体内の異常なエネルギー放出は停止。手術室に平和が戻り、アレクサンダーの腕には、杏の髪の毛が絡まった痕跡が、まるで刺青のように残っていた。彼はその痕跡をじっと見つめ、過去の愛との決別を告げる、深い感慨の時が訪れたのだった。

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