第17話
夏期合宿も最終日です。
じりじりとした日本らしい夏の中、汗水を流しながら作り上げていった12人全員で歌う新曲。映像素材や衣装案など、自分たちで用意するのは新鮮な体験でした。
今日も今日とて、憎たらしいほどの晴天です。木々に遮られ、少し丸みを帯びた光がレッスンルームを照らします。フローリングの上で、ストレッチをしたり、イヤフォンで音を確認したりするアイドル達は、ときおり吹くそよ風に涼しさを感じながら、集中を高めています。
「さて」
全員で、一面鏡張りの部屋に集合し、何をするかは明白です。全員が中央にわらわらと集まり、12人で円陣を組みました。かくも近ければ、よく表情がわかります。統が全員の顔を見渡しました。
「通しでやるぞ」
緊張感もありつつ、高揚感もあります。きっといいものになると信じているからでしょう。
そんな中で、
(期待に、応えなくては)
一颯はごくりと唾を飲みました。のどが渇き、舌が張り付くような感覚がするのは絶対に勘違いじゃありません。暑いからではなく、プレッシャーが優っているからです。指先は血が流れていないように、冷えを感じました。努力はしたし、結果も認められました。しかし、悪い意味でのもしもを考えてしまいます。
両隣から小さな声が聞こえます。
「……大丈夫!」
「なるようになるやろ」
忠太と朗が笑っています。
(なんの根拠があるんだか)
内心呆れる一颯でしたが、胸が軽くなりました。血が巡り、頭は冴え、ベストコンディションです。
統が咳払いをし、号令をします。
「合宿の集大成だ……、いくぞ!」
それぞれが「おー!」とか「よっしゃあっ」とか好き勝手に声を上げました。統一感はまったくありません。タイミングだけが、ばっちり合っていました。あとは、いい作品にしようと考えていることも、同じでした。
ハイテンポで、K-POP調の曲。
入りからぎゃりぎゃり楽器が鳴らされ、緩急をつけてボーカルとラップを行き来しつつ、ダンスも含め、それぞれの見せ場がある曲です。万能を求めない構成である一方で、スペシャリストとして、なにか一本で魅せなくてはならない、そんな曲です。
まずは、ボーカルチーム。
語りのような、ゆったりとした溜めの部分から、サビでの爆発的なシャウト。
いつものユニットとは違う、新しいユニゾン。可能性を示し、今、目の前にあるものも見ようによっていくらでも変わる。そして、それに気づくことができるのは、出会いであり、葛藤である。合宿を通して、たくさんの気づきを得て、輝きを増したアイドルたちの声が響きわたります。
次にダンスチーム。
躓いたり、振りを間違えたりするところから始まります。下級生が上級生に教えるあべこべな構図です。しかし徐々に、双方の動きが合っていきます。違いがあっても相手をよく見て、真似をし、学び、共鳴していく。そして、ばちっと動きがシンクロしたとき、思わずみんな笑いました。踊るのが、楽しくて、おかしくて、動きが合っているだけで、とても爽快な気分でした。
最後にラップチーム。
全員が主役を譲らない、殴り合いのようなラップでした。誰を推すかで、聴こえ方はまったく違ったものになります。しかし調和もあります。全員が違うタイプで、違う個性で、自分以外へのリスペクトがあります。ないものをねだるのではなく、夢見るのではなく、ただ敬意を払う。ほかならぬ自分自身の資質にも、敬意をもって向き合い、鍛えてきたのがうかがい知れます。
音楽が終わります。
それでも余韻の動きと、表情、息遣いが心を離さないままでした。
この時点では、ただの寄せ集めの12人がやった曲でしたが、将来的にはもっと意味を持つ曲になります。しかし、そんなことは今、どうでもよくて。
ただ、自分たちのベストを尽くせたことに、歓喜しました。
「しゃあっ! 完璧だな!」
可弦が吼えると、それを皮切りに全員がポーズを崩し、人によってはぐったりと床に伏しました。
「あとは衣装を着たときと、ステージでやるときの調整を──」
「チコ、それはまた今度にしよう」
まだやる気満々の千呼を統が諫めました。
神気煌耀からは、
「体力ありすぎでしょ……。若すぎ」
「なんじゃあ、春音。じじくさいこと言いおって」
「おや、紅蓮に言われたくないのでは?」
「……確かに」
「あ、陽まで……!?」
と、自分たちも大概疲れていないのだろうな、といういつもの調子の掛け合いが聞こえました。いつも通りという意味ではやはり縁も大概です。
「鏡張りいいよね、ほんとのリアタイだ……」
「つーか、やってんだけどな、自分も」
鏡越しにパフォーマンスを楽しみながら、自分もばっちり決めるあたり瑠璃音も器用な人かもしれません。黒嗣は普通に一つのことに集中していました。だから終わったあと、ふと後輩たちの方に目をやりました。
「すっごく、いい感じじゃなかった?」
「それな~」
「……そうだな。悪くなかっ──、よかった」
言い直す一颯を、二人は珍しそうな目で見ました。これには一颯も不服です。
「ボクが前向きだとおかしいのか?」
「そんなこと言ってないじゃーん」
「いい変化だな、と思っただけやんなぁ。これも俺たちのおかげかな?」
せいぜい四か月程度の付き合いです。船で出会い、寮で暮らし、共にステージに立った程度の仲でしかありません。
だから。
(だから、論理的に考えて)
「────キミたちのおかげだろうな」
奇声、としか言えない声で、二人は驚き、その声に回りも驚き、なんともおかしな時間が産まれました。驚いた人たちをおかしく感じて笑って笑う一颯の声が響きます。より不思議そうな目で見られました。一方で、すこし話が聞こえていた黒嗣と尊は満足げに笑っていました。
帰りのバスのことです。
「もう二学期になるのか……」
「そうですね。私たちの最後の二学期です」
二学期も大概イベントが盛りだくさんです。囀学園特有の、先祖返りたちにとって大きな分岐点になるようなことがたくさんあります。
「じゃのう。……統も、贔屓の後輩を勝たせたいなら、歌ってやらんでもないぞ、陽が」
八咫烏の威を借りる鳳凰の言葉に、統は首を横に振りました。
「陽には悪いが、歌うまでもないことさ。二年生──、カイトたちの分岐点はどう考えても二学期だ」
言わんとすることを察した春音が訊ねます。
「生徒会選挙。鴻戯派の人が出てくるよね」
東の宇留鷲、西の鴻戯。
七大名家の政治争いの前哨戦として、生徒会選挙は機能しています。去年、おととしの選挙は宇留鷲統が勝ちました。しかし今年はそうもいきません。卒業してしまうので、3年生は選挙に出られないのです。
必然、宇留鷲派として出馬するのは荒鳶可弦が筆頭候補です。
そして、
「あの小僧、早座居じゃったか? が出てくるのかのぉ」
囀学園において、生徒会に次ぐ、大組織、風紀委員を率いる鴻戯恩のあとがまには風紀副委員長の早座居早輔が出てくるでしょう。
「あと、女子からも出るだろうね」
「荒鳶くんはいい子だなぁって思うけど、生徒会長向きなの?」
すると、
「俺より向いてるぞ?」
統は心底意味が分からないという顔をしました。
「いやいやいやいや」と、全員が首を横に振りました。
「それはない」
「ない」
「ないですね」
「ないのぉ……。統、おぬし眠いのではないか?」
「それだ。寝よう寝よう」
「おやすみなさい」
ぱちん、とバスの電気が消され、会話は終わりました。
「む……」
釈然としない、まだ話したりない。どう思う統でしたが、ぐっと堪えました。少し離れた席、一年生たちが座ってる席から寝息が聞こえたからです。規則正しく、安心しきった呼吸でした。
「……おやすみ」
誰にいうでもなく、統はつぶやき、ブランケットを掛け直しました。
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