別離

f

Elirhotå


 戦は終わった。

 東方オルゴンダエ最大の栄華を誇っていたチェサル国は、敵の壊滅と引き換えに瓦礫の山となった。


 チェサル国の特殊部隊 《オスミ》を率いていたバルバスは敗北の苦さを噛み締めていた。彼は元々平原の民 《火を駆る者ゲルダルキオ》の生まれだったが、十五年ほど前に傭兵として雇われて以来チェサル国のために戦っていた。

 彼は失敗し、部下も死んだ。


 彼は相棒の炎馬ゲロルクのディーリニと共に平原を進んでいた。模様が刻まれた彼の顔は深い悲しみと悔恨に覆われている。もうチェサル国に戻ることはないし、仲間のもとに戻ることもないだろう。


 ふと、東から鷹の鳴き声が響いた。

 バルバスはディーリニの足を止め、後ろを振り返った。別の炎馬ゲロルクが駆けてくるのが遠くに見えた。

 バルバスは迷った末、その人物を待つことにした。

 彼を追って来たのは彼と同じ 《火を駆る者ゲルダルキオ》のコマーズだった。コマーズは仲間の元で経験を積み、三十過ぎという若さで長となっていた。


「バルバス!」 « Bárbåt! »


 コマーズの刺青だらけの顔は怒りで歪んでいた。


「どこに行こうってんだ?」 « Hérhz el'dånot zárhz, he? »

「灰色の神殿だ。その前に 《紋消し》に会う」 « Hár Temníe mevir. »

「なぜ?なぜ俺たちの所に戻って来ない?」 « Hwiåt'? Hwiåt' nárhze el'turhelot' erhikå? »


 バルバスはこわばった笑みを浮かべることしかできなかった。きっとコマーズには分からない。彼はコマーズの決断力や信念の強さを愛していたが、彼の弱さについて理解されることはないだろうと思っていた。そもそもバルバスは故郷でも暗殺部隊に属しており、仲間の中にいてすらどこか馴染めなさを覚えていた。

 コマーズは続けた。


「みんな死んだわけじゃない、戦ったのも仲間を失ったのもお前だけじゃない。ヌニークも、プァルドも、デゾマも、まだ生きてるじゃないか。みんなどうにか先へ進もうとしてる。お前は生き延びたんだ!だからちゃんと生きないとだめだ」 « Né Noškerhi dj'árhðoch't. Urhot nárhze äliirr Áng'herhi húi dj'lodirhof ín dj'bhlágof Tifárherrnå. Phárhdå, N'ník, ó Dezomá etålü yårr.

「……私にも君のような強さがあればよかった」 « Ghlimó dj'urho rhákhšeerr rhåz teoi. »


 コマーズはバルバスの肩をがっしりと掴んだ。


「肌の模様を消せても、出来事ヘメリヤ記憶オリーデルもなくならんぞ」 « Rhont el'árhozo'cht', 'Hemerhyà ó Orhídel urhyon erhå. »

「その通りだ……」 « Ná lá…… »


 だから彼は灰色の神殿に行くのだ。すべての感情フォーマフォーマを捨てて空の器アヌハイに還るために。

 バルバスは続けた。


「私は自分のアヌハイを使い尽くしてしまった。私にはもう、このフォーマを抱えられない……」 « Dj'erhoch' An'hái lorr káin vekhnå. Rhánolo n'zárhze Fómi eik' verhåkirr…… »

「お前から溢れたフォーマを俺にくれ!お前がからになるまで俺が耐えてやる」 « Rhámte eiå Fómoi háš et'horhådov seå teiå!


 肩を掴むコマーズの手に力が入るのを感じたが、バルバスは自分の手をそっと添えてから引き剥がした。


「過ちも感情フォーマも私のものだ、我が炎よ」 « Khi urhóf eik' háš Mérhåk' ó Fómå, Gerhá eik'. »


 コマーズは全く納得していなかった。だがどうにか落ち着ことしているらしく腰に手を当てて深呼吸した。


「お前がチェサルに行くのを止めていれば……」 « Dj'rhádoch' yezárhz dj'dánot ilyå Chesalu…… »

「君は止めてくれたが、私は行った。事実ヘメリヤは覆らないよ」 « Dj'girhnoch't, ói'h dj'dánoch'. 'Hemerya nárhze zjášånov. »


 コマーズはバルバスの頬の刺青に触れた。


「……これは俺が彫った」 « Khi dj'nárrmoch' …… »

「君は模様を描くのが上手かった」 « Urhot' Nárhåmeyå gárhirr. »

「本当にフォーマをすべて消し去ることができると思っているのか?」 « Arhz dešfårhot', ghárhz el'árhozoch' nosk'fómoi teik'? »

「そのために灰色の神殿に行くんだ」 « Khi hwiåt el'dán'śå hårr Temnáiå Mevír. »


 コマーズは鼻で笑った。


「本当に可能なら、神殿なんていらないはずだ」 « Rhont ghárhz el'irhoch'f, merhdí Temnáiå nárhze. »


 そこで言葉が途切れた。お互いに言いたいことはあったが、もはや手遅れで、何の意味もないと分かっていた。

 沈黙の後、先に口を開いたのはコマーズだった。


「いつか、俺たちは再び会うだろう」 « Vligheum, ešån el'erhåk. »

「それは──」 « Khi — »

「俺の名前が何を意味するか忘れたのか、バルバス?」 « Århz édešrhoch't Ládån sen Sákhåi teik'? »


 コマーズとは賽子賭博で《ゾロ目》、すなわち幸運を意味する。

 彼は続けた。


「俺の予感は当たるんだよ」 « Sethol digån ferhov hárr eik'. »


 今回はその運も当てにならないだろうとバルバスは思ったが、友の気持ちを尊重して微笑んだ。


「君は……ちゃんと生きてほしい、コマーズ」 « Glimòš…… el'etålot gårhirr, Komáz. »


 バルバスはそう言ってから、我ながら無責任だと思った。

 コマーズはにやりと笑い、拳を口に当ててから二本指を立てた。《誓い》を示す身振りカザネリムである。


「当たり前だ」 « Frråšúrh. »


 二人は固く抱き合い、別れを告げた。


「さらばだ」 « Elirhotå. »


 そして炎馬ゲロルクに乗り、反対の方角に進んだ。

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