第3話 未来

 ガサガサとビニール袋を鳴らしながらアパートへ帰還した俺は、お弁当をレンジへ入れると推奨の時間より三十秒程長めに温めるよう設定した。こうして少し長めに温めなければ、ホカホカのご飯を味わえないのだ。


「さて、いただきまーす」


 うむ、普通に美味いな。特に好き嫌いが無いので外食をする時は気分で食べるものを選んでいるのだけど、今回は目に入った豚カツ弁当をチョイスした。デザートはプリン。


 コンビニ弁当も捨てたもんじゃないな……っていう表現が正しいのか分からないが、普通に美味しいと感じた。栄養の偏りとお金の問題を考えなければ毎食コンビニ弁当でも良いと思ってしまう程だった。


「ごちそうさまでしたっと」


 プラスチック容器を水で洗いながらゴミを分別していく。他の自治体がどうなのかは分からないが、ウチの自治体はゴミの分別に関してかなり細かく指定されていると思う。


 閑話休題。


「午後から何かするか? っと言っても夕方からバイトがなぁ……」


 かくいうバイトも今月で辞めようと思ってるんだった。正直、月々の仕送りだけで普通に生活できるのに、放課後や土日の時間を削ってまでバイトしてたのはファッションとかの流行を追うために必要だっただけだ。


「服もこの際だから古着屋に売るか……?」


 俺のクローゼットは洋服で溢れかえっている。しかも二度と着ないであろう服の山。ファッション誌も大量に部屋に積みあがっている。もう読まないしゴミに出さないとな。


 そうこうしているうちにそろそろバイト先へ向かう時間になったので、自転車でバイト先に向かう。俺が働いているのは駅前から少し歩いた所にある商店街の中にある半地下になっているお店。俺の住んでいるアパートからは少し距離がある。


「いらっしゃいませー!」

「B卓カルビ3、ロース2追加でーす」

「E卓生2、ウーロンハイ1、コーラ1でーす」


 ガヤガヤとした喧騒、ジュージューと肉を焼く音に胃を刺激してくる暴力的な香りが充満しているここが俺のバイト先焼肉の【猛将】。俺たちの住んでいる都市圏にしか展開していないが、かなりの人気店だ。


「そういえば涼君ってなんだか雰囲気変わった?」

「え? そうですか?」


 バイト先のシフトでよく一緒になる女子大学生の先輩は、俺からを感じたのか少し手が空いた時間に話しかけられた。彼女と付き合っていた事はバイト先の人にはほぼバレていたので、正直昨日の出来事を話すのは躊躇われる。


「いやぁ……そのですね、何と言ったらいいのか分かんないんですけど――」

「あ! 涼君もしかして彼女さんに振られちゃったのかな?」

「えっ!?」


 女子大生の先輩――真理まりさん、と呼んでいるが、彼女はそう言った惚れた腫れた話に非情に飢えていて、バレてしまえばそれこそスッポンのように食いついて放さないのは、以前被害を受けていた同僚の様子から良く分かっている。真理さんは雷が鳴っても恐らく根掘り葉掘り追及を続けるだろう。


「諦めてお姉さんの餌食になりなさい!」

「真理さん……餌食ってぶっちゃけすぎです!!」

「しょうがないじゃない! お上品なお嬢様が通ってる大学なんだから学校で恋愛の話なんて出来ないのよ!?」


 真理さんはいわゆるお嬢様学校と呼ばれる女子大に通っているようで、どうしてこんな焼肉店でアルバイトしているのかは分からないけど――


「案外日々の鬱屈としたストレスを晴らすために働いているかもよ?」

「って何自然に俺の心を読んでるんですか」


 にんまりとした顔でじりじりと俺の方に近付いてくる真理さん。嫌な予感を感じて後ずさりをしていたら背中にドン、と何かが当たった。


「しまった……追い詰められた」


 どうやら知らず知らずのうちに部屋の端に追いやられていたようで、背中には壁、前からは肉食動物のように迫ってくる真理さんに塞がれているので逃げ場は無し。


「ふふふ……それで、結局彼女さんとはどうなったのかしら。キリキリと吐きなさい?」

「ちょっ、真理さん近いですって、離れてください!」


 ポーン。


「「!」」


 気が付いたらかなりの時間駄弁っていたようで、呼び出しボタンが押された事を示すように、店員用のモニターにボタンを押した卓が表示されていた。お互いパッと身体を離すとお盆を手に、俺はそそくさと準備を整える。


「おぉっと! お客が呼んでるんで、失礼します!」

「絶対に聞き出してやるんだから覚悟しなさいよー!!」


 真理さんの叫びを背中に浴びつつ、ホールで接客をする。飲食店のアルバイトは厳しい、とよく聞くが肉体的にキツいのは一か月も働いていれば慣れる。


 本当にキツいのは酔っぱらった客の対応と、急に入る団体客の対応。

 最近はタブレットで注文が出来るようにIT化が進められているため俺たちホールスタッフの負担は軽減されつつあるが、それでもコミュニケーションが辛いと思う時はある。


「えぇ!? 今月で辞めたいって本当かい!?」

「はい、高三を見据えて勉強に専念したいんです」


 今日も親と同じくらい歳の離れた客の介護を終えた俺は、店長にバイトを辞める事を伝えた。軽く引き留められたが、勉強を引き合いに出すと店長には納得してもらえた。


 勉強に専念したい、というのは半分は本当で半分は嘘だ。彼女と別れたのでバイトする必要がなくなった、というのが本当の所だ。それに犠牲にしていた平日の放課後と土日の時間が自由になるのは俺にとっては大きい。


「帰るか」


 店を出ると焼肉の匂いが身体に染みついているので、アパートに帰宅したらすぐに湯舟に浸かる。


「ふぁー」


 身体がぽかぽかとした温かいお湯でリラックスして声が漏れてしまった。夕方からのバイトだったけど今日はバイト終わりの疲労感が大きかったように感じた。ふと明日の事を考えていた時、最大の問題が片付いていた事に気が付いてしまった。


「どんな顔して茜と会えば良いんだろうか」


 何を隠そう、俺と一昨日まで付き合っていた元カノの茜は、同じ高校で同じ学年かつ同じクラスの所属なのだ。

 休日を跨いで明日、教室に入る時どんな顔をしたらよいのだろうか。あぁ、憂鬱な気分になってきた。うんうん唸って考えてみるも、結局良い案が思い浮かぶ事はないまま、時間は過ぎる。


 あの時の事は、今でもふとした瞬間に思い出す。

 俺の苦い青春の一ページだ。


「涼ー! 早く行くよ!」

「ごめんごめん、今行くから待ってよ!」


 外から急かすような声を掛けられた。

 俺は、玄関でよっこいせ、と座り込んでスニーカーの靴ひもを締める。


 ガチャ、と扉を開けると俺の事を今か今かと待っていた待ち人がこちらへ振り返った。


「もう、遅いよー!」

「ごめんって。さ、行こうか」



 待ち人と手を繋ぐ。

 俺は、あの日から少しは成長していい大人になれただろうか。


「なぁ」

「どうしたの?」


 待ち人はきょとんと首を傾げて俺の顔を覗き込んでくる。


「俺たち、色々あったよな」

「え、突然何よ」

「いや、さっき引越し用の荷物を整理してたらさ、高校の頃のアルバムが出てきて昔の事を思い出しちゃったんだよ」


 あぁ〜、と思い当たることがあるようで、お互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 今となっては、あんな事もあったねと笑い話に出来るが、当時の俺たちにはそんな余裕はなかった。


「もうっ、そんな昔の事はいいでしょ!」

「そろそろ出発しないと遅れちゃうな」


 俺たちは今日、お互いの実家へ挨拶へ伺う予定なのだ。

 はにかむ待ち人の胸元には、あの日渡せなかったネックレスが輝いていた。


〈完〉

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