第2話 正夢
気が付いたら、俺はベッドに倒れ込んだ姿のまま高校の屋上に立っていた。屋上のドアが開いて、誰かが歩いて来た。あぁ俺は夢を見ているんだと、霧がかかったような朧げな意識ながらも理解した。
何故なら歩いて来たのは制服姿の俺で、少し恥ずかしそうにしてついて来ていたのは俺の元カノだったからだ。俺は真昼間に告白をして、彼女にOKを貰ったのだ。午後の授業はどこかうわの空だったのをよく覚えている。
彼女に告白した場面から始まり、初めて手を繋いだ時、初めてハグした時、初めてキスした時……沢山の初めてを経験してきた。クラスメイトにも揶揄われていた。
初めてのデートは、俺が彼女の性格とかデートではどうしたら良いのかという経験が不足していてかなりみっともない姿を晒していた。今思えばこの時から俺は彼女にふさわしい男であるための努力を始めたのだろう。
彼女の隣に立つためのファッション。彼女と会話を楽しむために彼女の好きな音楽もリピートした。
しかし、その努力はいつの間にか当初の目的とは違う方向へと進み始めていた事に気付けなかった。時折、俺を見て何かを考え込んでいる彼女の行動も、今思い返せば何かのサインだったのではないだろうか。
夢は夢。
俺が望んだ都合の良い光景を見せているだけなのかもしれないが、でもデート中に何度か似たような表情を見せた事があったように思う。それは決まって俺が流行の何かを話題にしている時だった。
そうして夢の中の時間が経過していく度、彼女とのデートの場面で少し疲れたような表情を浮かべる彼女が何度も俺の前に現れた。
(ああ、何で気が付かなかったんだろう……)
夢の中の俺は、流行の話しかしていない。第三者の視点から俯瞰している事で初めて俺はこれまでの俺の努力が一年という時間を経て、間違った方向へ進んでしまっていた事を認識させられたのだった。
彼女は段々と不満げな表情を浮かべるようになっていて、夢の中の俺はそれに全く気付くことがない。そうしてさらに一か月、二か月と時間が経過していく中で、彼女の俺に対する態度にも少しずつ不満の色が見られるようになっていった。
今なら分かる。
今なら気付く。
彼女は、彼女自身をもっと見て欲しいと思っていたのだ。
そのサインに気付けなかった俺は、見事一周年記念日の前日に振られる事になってしまったのだろう。
彼女が出来て舞い上がってしまったあまり、俺は自分の事ばかり優先してしまっていたのか……。
夢はそこで終わり、目覚ましの音で俺は目を覚ました。
「あぁ……なんつー夢だよ」
まるで俺のこれまでの一年間を振り返るダイジェストを眺めているような気分だった。なんというか、自分の惨めな姿をぎゅっと圧縮して脳に叩き込まれたような感覚を覚えた。
ただの夢ならば目が覚めた時には、夢の内容はほとんど覚えていないというのに、今日の夢はどういう訳か夢の始まりから終わりまでの全てをハッキリと思い出せた。
デートを重ねるうちに俺自身が忘れていた出来事もあったというのに、一体何がどうなっているというんだ。
「今日が日曜日で本当に良かった……」
現在の時刻をスマホで確認すると、八時を少しだけと回ったころ。学校がある日だと、遅刻ギリギリの時間だった。
手に握り締めていたネックレスが視界の端にチラついた事で、昨日の出来事が夢じゃなかったんだと突き付けられているようだった。あぁ、床に散らばったゴミを片付けないといけない……。昨日の俺は何をやっていたんだよ。
ガラリと自室の扉を開けて洗面台へ向かう。
こんなどんよりとした雰囲気を漂わせて登校したら明らかに、『俺、この週末に何かありました! 』ってアピールしているようで少々恥ずかしいだろ。
「それにしてもひでぇ顔してるな、俺」
洗面台の鏡に映る俺の顔はお世辞にもイケメンとは言えない状態になっていた。髪は寝ぐせでぼさぼさ、頬には寝ている時に流したと思われる涙と涎の跡。
「シャワー、浴びるか」
昨日、シャワーすら浴びずにそのままベッドに倒れ込んで寝てしまった自分に愕然としながらも、手早く髪と身体を洗って身だしなみを整えていく。
恰好を付けるるつもりなんて全く無い……事はないがそれはさておき俺の朝は忙しい。少しだけ早足でリビングへ向かう。
「おはよーって、誰も居ないんだけどな」
俺は現在ファミリー向けアパートで一人暮らし中の、両親と大学生になった姉が一人の四人家族だ。
両親は海外へ転勤で俺が高校を卒業するまでは一年に数回しか日本に帰ってこないし、姉は姉で大学生活を満喫しているようでこちらも一向に家に帰ってくる気配はない。
つまり実質的な一人暮らしを満喫しているのだ。生活費も毎月振り込まれているし、普通に暮らすだけだったら全く不自由しない状態。
まあ最初のうちは慣れない家事を自分でやらないといけない日々にストレスを感じる事もあったが、それも一年も続けていれば慣れた。今ではお弁当すらコンビニに頼る事なく自炊出来る程には主夫レベルが上がったのだ。
朝食を用意する気力が沸かなかったため、非常食として用意していたブロックタイプの栄養食を水とともに胃へ流し込む。これまでは美肌とか健康に気を使った食事を心掛けて来たが、俺も男子高校生だ。これくらい適当でも許容範囲内だろう。
食事を済ませたら次は家事だ。
洗濯から乾燥までお任せなドラム洗濯機に衣類と洗剤、柔軟剤を放り込んで、ボタンを押す。
ご近所さんに騒音で迷惑を掛けないよう静かに洗濯を始めたドラム洗濯機様に今日もありがとうございますと一礼してから、次はフローリングの掃除に取り掛かる。
全自動掃除機を購入しても良かったのだが、一人暮らしでそこまで汚れる訳もないし週に何回か床をサッと掃除すれば良いだけの話なので今の所の購入予定はない。
お風呂のタイルに洗剤をシュッシュッと吹きかけると、俺の朝のやる事は一通り完了だ。これが平日だと、通学の際ゴミ回収の予定に沿ったゴミ袋を出すんだが、休日なのでそれもない。
「やべ、やる事が無くなってしまった……」
無心で家事に勤しんでいたら、思ったよりも集中していたみたいで気が付いたら一時間と経たずにやる事が無くなってしまった。チラリ、とスマホを見ても元カノからの連絡は無し。心の内で少しガッカリしている自分がいた。あんな事がありながら未だに彼女に未練を抱いている自分に驚いた。
一通りやる事が終わり自室のベッドに倒れ込んで二度寝に挑戦してみるものの、生憎と目はパッチリと冴えている。しょうがないのでぼーっと真っ白な天井を眺めていると脳裏に浮かんでくるのは、俺の知らない男と腕を組んで歩く元カノの幸せそうな顔。
「あんなもの見せられたら怒るよりも虚しくなったよなぁ……」
こういう感情は怒りを通り越して一周した、とでも表現すれば良いのだろうか、俺の心情的には怒りというよりも呆れたという感情の方が大きいように思う。もちろん、俺に原因が無かったとは言わないし、あの夢を見てしまった後ではお互いに原因があったんだと理解している。
浮気をしていた元カノに対しての呆れ。
それと彼女と別れて現在に至るまで、努力の方向が間違っていたと気付けなかった自分に対する呆れもある。
「高校デビューも彼女も早かった、のかもな」
あの夢を見なければ、もしかしたら俺は原因が分からずに悶々とした一日を過ごしていたかもしれないと思うと、何とも言えない感情を胸に抱いた。
気合を入れた高校デビューに一世一代の告白。そうして出来た初めての彼女に舞い上がった俺は、彼女に飽きられないように飽きさせないようにと、流行や目の前の物に固執するあまり何か大事な物をどこかに置いてきてしまったように思う。
「それとも調子に乗ってた、だけなのか?」
そうして取り留めのない思考に時間を費やしていると、何もしていない自分に対して早く何かしなければ、という強迫観念染みた切迫感を少し感じる。喪失感と切迫感に苛まれ、うんうんと唸っていたのだが気付けばうたた寝をしていたみたいで、目が覚めたと思ったらお腹が空腹を訴えて来ていた。そういえば朝食も適当に済ませたし、そりゃお腹も空くか。
「よっと……とととぉ!?」
ハンドスプリングの要領で、ベッドをギシリと軋ませながら立ち上がると立ちくらみに襲われた。空腹で血圧が上昇していたのだろうか。少しフラッとしたがすぐに立ち眩みは治まった。
先々の事も考えないといけないけれど、それよりも前に栄養を摂らねば。さすがに朝昼と栄養食品のブロックは拙い気がしたので、アパートのすぐ近くで営業しているコンビニにて昼食を調達する事にした。
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