青春ひと休み

さこここ@カクヨムコン参加中

第1話 破局

 土曜日のお昼時、ちょうど人で賑わう時間帯に用も無いのに習慣で外出してしまった。


 ガヤガヤと耳朶を打つ人々の声、肩と肩がぶつかりそうな程に込み合った人の流れに逆らわないように歩いていたら、目的地と全く違う場所にたどり着いてしまった。


「はぁー……」


 文字通り人に流されてしまった自分に対してため息が漏れてしまった。昨日から全てが灰色見える、と言っても良いくらい退屈な世界になってしまったかのような感覚に苛まれている。

 恐らくそよ風が頬を撫でただけでも憂鬱に思えて盛大なため息を吐いてしまうだろう。そんな何の意味もない自信がある。


 こんな風になってしまった原因はハッキリとしている。昨日、高校一年生の秋から付き合っていた彼女に振れらたのだ。しかも付き合って一周年記念の前日に。予定では、この時間帯は彼女とデートしていた……はずだった。


「お店もキャンセル不可だったし、準備していたプレゼントも無駄、か」


 はぁー、とため息を吐いても事態が好転するワケもなく俺はふらりとフランチャイズのカフェに入ると、デートだったら頼まなかったブラックコーヒーを注文した。


「にがっ」


 カップを傾けると、コーヒー豆の香りと、口の中いっぱいに広がる苦み、僅かな酸味が憂鬱な気分を少しだけ和らげてくれているような気がする。はぁ、と一息吐いてスマホを眺めても彼女からのメッセージが届いている訳もなく、再度一息吐いてチラリと店内に視線を向ける。


 お昼時という事もあって、店内は賑わっている。その大半が若い男女のカップルか、もしくはカップルになりかけの良い雰囲気の二人組。俺のような灰色の雰囲気を周囲に垂れ流しにしているおひとり様はいなかった。


 うっかり店内の客のリア充オーラを浴びてしまったのがいけなかったのだろう。つい昨日の出来事が脳裏にフラッシュバックして来た――。


 そう、あれはデートを前日に控えた夜の話。


「明日で一周年だね」

『うん』


 などと彼女とメッセージアプリでやり取りしていたのだが、その日は普段と違って彼女の反応が悪かった。


「明日はどこ集合にしようか」

『……』既読


 既読は付いているのに返事が一向に来ない。


「おーい」既読

「寝ちゃった?」既読

「起きたら連絡してね?」既読


 おや、メッセージアプリを開いたまま寝落ちしてしまったのだろうかと、少し彼女の事が心配になりつつも俺も明日に備えて寝ようとしていたタイミングで、スマホが着信を告げた。


 彼女からだった。おや、と思いつつ着信に出る。


「もしもし、どうしたの?」

『もしもし……』


 いつもだったら話が弾むのにどうも彼女の歯切れが悪い。ここに来て俺は得体の知れない切迫感が脳裏にちらつき始めた。


「大丈夫? 疲れてるならまた今度にした方がいいんじゃな『ごめん、私達別れよう?』――い?」


 ドクンっと心臓が跳ね上がった。


 今なんて言った?

 別れようって言われた、のか?


 ついさっきまで暖かかった室内が一瞬で寒く感じる程の動揺が俺を襲った。

 彼女から告げられた言葉の理解を脳が拒絶している。


「えぇっと、別れよう、だなんて急にどうしたの?」

『ごめん、ちょっとムリになっちゃって』


 ちょっと無理ってなんだ?

 彼女の言っている事が理解出来ない。


 声は震えていなかっただろうか。表向きは何でもない風を装って会話を続ける事に何とか成功した。


「え、ちょっと待って。急に別れようってどうしたんだよ」

『ごめん、本当にムリになっちゃったから別れて欲しいんだよね』

「いや、ムリってなんだよ。駄目な所があったら直すから言って欲しいんだけど」

『……』


 ちょっとムリから本当にムリにランクアップした。唐突過ぎて事態を受け入れ切れていない。さっきから思考が上手くまとまらなくて少しイライラする。


「ねえ、ムリってどういう――」

『本当にごめん。明日から私達は他人って事でよろしく』


 てろろん。

 まるで俺の言う事を聞きたくないと言わんばかりに彼女は一方的に別れを告げると、通話を終了させたようで、コミカルな通話終了音が虚しく部屋に響いた。


 それからどのくらい時間が経過したかは分からないが、スマホの通知音が鳴るまでしばらくの間俺は茫然自失の状態で居た事は確かだろう。



 ちなみに夢見は最悪だった事をここに付け加えておく。



 ――というのがつい昨日起きた出来事で、彼女に一方的に振られて未練タラタラな高校二年生の俺の名前は、上本涼うえもとりょうという。



 昨日の事を思い出したらまた気分が落ち込んできた。正直、今も何かの間違いだったんじゃないかとか、何とかよりを戻してくれないかとか考えている。昨日のうちだけで何回もネットで別れたカップルのよりの戻し方を検索した。


 スマホのキーボードによ、と入力したら【より 戻し方】【より 戻る 確率】と出てくるくらいには打ち込んだ。世の中の破局したカップルはどうやってよりを戻せたのだろうか。俺には不思議でならない。

 というか、ネットの記事を見る限りよりを戻したというより衝動的に起きた喧嘩の仲直りと表現した方が良いのではないだろうかと思う。


 ちょうどコーヒーも飲み干してしまったので、ダラダラと店に居座る事はせずにそそくさと店を出る事にした。


「しまった。この後何をしよう」


 これまでだったら休日は流行のファッションを調べるためにアパレルショップに通ったり、大して好きでもない流行の音楽を聴いてみたり、再生回数急上昇の動画をチェックしていたのだが、彼女に振られたというだけで全てが無駄に思えてしまう。


 今までお小遣いでは足りなかったデート代のために続けていたアルバイトも辞めてしまおう。


 そうすると俺という人間は一体何なのだろう。気分が落ち込んでいる所為か、少々哲学的な考えが頭の中をぐるぐるとループする。


 上本涼という人間の芯は一体何なのだろうか。彼女に振られてから俺に残った物って何なのだろう。


 とりとめのない問答を脳内で繰り広げながら歩いていたのがいけなかったのだろう。足は勝手に駅前の広場へと向かっていた。駅前の広場には大勢の人がスマホ片手にたむろしている。これからデートだったり何かしらの用事があるのだろう。


「ねぇねぇたっくん、こっち行こぉ~?」

「おい、くっつきすぎだって~!」


 俺はもう彼女とここで待ち合わせる事は無いんだよな……といちいち落ち込みつつ何もやる事もないし家に帰ろうと踵を返した。ざわめきの中、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、俺はあまりの衝撃にその場で立ち止まってしまった。そして声の主を発見して後悔した。



「は?」



 見なければ良かった、聞かなければ良かった。さっきまでの憂鬱な気持ちが吹き飛ばされ、自分の感情がコントロール出来なくなる。あまりの光景に茫然としてしまう。グラグラと地面が揺れているようにさえ感じる。


 俺の目線の先にいたのは、艶やかな黒髪を腰まで伸ばしたスタイルの良い女の子。今、どんな顔をして会えばいいのか判らない女の子。


 彼女が居たのだ。それだけならまだ気まずいだけで済んだだろう。いやしかし状況は更に最悪だった。彼女は俺ではない別の男と一緒に居たのだ。ご丁寧に腕まで組んで距離感は明らかに友達のソレを越えている。


 なんだこれは。

 彼女は一体何をしている?


 俺は浮気されていた…………、のだろうか。彼女の手のひらの上で遊ばれていたのだろうか、それとも都合の良い男としてキープされていたのだろうか。


 今の気持ちは茶色く濁った濁流のように酷く複雑で、上手く言語化出来ない。怒り、悲しみ、諦め、嫉妬が入り混じったような感情が胸の内を巡っている。


 彼女はこちらには気付かず、仲が良さげな様子で駅前のデパートへと消えて行った。

 その後、どうやって帰ったのかは分からないが気付いたら家にたどり着いていた。


 俺の部屋には彼女に渡そうとしていたプレゼントの包みが置いてあった。渡す事が出来なかったな……本当だったら今頃はこれを渡していたはずだったのに。


「はは、なんだよ……真剣だった俺が馬鹿みたいじゃないか」


 以前から欲しいと言っていた彼女の喜ぶ姿を思い浮かべながらバイト代をかなり貯めて買ったプレゼントだったがもう、いらない。綺麗に包装してもらっていたラッピングを荒れ狂う内心を乱暴に破る、破る、破る。次第に俺の視界がぼやけていく。


「くそっ……なんで、なんでなんでなんで!!」


 ファッション雑誌を参考に買い漁った服、彼女が好きだからと聞いていた音楽、話のネタとしてチェックした有名人の動画。全部、全部全部無駄だった。


 八つ当たりだとは分かっている。物に当たるのは良くないとも分かっている。


 高校生にもなってみっともないと思いながらも俺は溢れる涙を止められず、プレゼントのネックレスを握り締めながら眠りにつくのだった。

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