第6話 失楽園

 水平線を金色に染めながら太陽が昇る。私は神聖な魚を殺した邪教徒として断罪されのだ。彼らの崇高な真理の前に言い訳など通用しない。私は狂信者たちに窓辺に追いやられた。教祖の怒りに触れたのか、葡萄をくれた女性も道連れとなった。


「神託は下った、母なる海へ」

 教祖の怒号で私と女性は突き飛ばされ、海へ落下した。牢獄と海面との距離は、幸いかつての牢獄ほど離れてはいなかった。


 一度海中深く沈み、私は海面に顔を出した。白亜の神殿から哄笑が響き渡る。私は食い荒らされた巨大魚のあばら骨にしがみついた。海面に浮かんできた女性を助け上げ、あばら骨に乗って波に流されていく。


***


 過酷な太陽は西へ沈み、輝く星空の下で私たちは漂流を続けた。彼女も気が付いたときにはあの集団にいたそうだ。名前はカオリといった。会話をしたのはそれだけで、あとは互いに無言だった。


 空が白み始める頃、ふと足元に何かが触れた。私は慌てて足を引っ込める。もう一度伸ばすと、砂を掻いた。目の前には白砂の遠浅の海が広がっている。その遙か先には緑豊かな島が見えた。私とカオリは涙を流しながら抱き合った。

 陸地に到達したのだ。


 島は鮮やかな花が咲き乱れ、たわわな果実が豊富に実っていた。リスザルが木の枝を飛び交い、極彩色の鳥が舞う。私たちは椰子の実を割って喉を潤し、果実をもいで貪った。どうやらここは無人島のようだ。

 森を突き進むと、古びた小屋を見つけた。扉はすんなりと開いた。

「なんだこれは」

 私は小屋の中に並ぶ電子機器を見つけ、絶句する。


 画面には牢獄塔が映し出されている。数字の羅列や座標を示す画面が並んでいた。森に似つかわしくない定期的な電子音がひどく耳障りだ。

 ここで牢獄を制御していた者がいる。

「ケンゴ、見て」

 カオリが指差す先に、作業着の男が画面に突っ伏して息絶えていた。白骨化が進み、もはや腐臭もしなかった。


「牢獄の管理者がここにいたのか」

「見て、これ」

 カオリがスイッチを押すと、牢獄内のモニター映像に切り替わった。

 表示中の牢獄のステータスが画面端に表示されている。切り替えるうちに、女教祖のいる牢獄にぶつかった。カオリは制御盤を操作し始めた。同時に教祖たちが慌てふためく。


「私の夫はあの女に殺されたの」

 彼女の瞳には黒い怨念が宿っていた。そして、牢獄の高さを示す値をマイナスに振り切った。

「やめろ、みんな死んでしまう」

「誰も夫を助けてくれなかったのよ、誰も」

 彼女の剣幕に私は何も言えなかった。


 牢獄は水没し、海底深く沈んでいった。生体反応を示す数値がゼロになった。カオリの顔には満足げな薄笑いが浮かんでいた。彼女の復讐を本気で止められなかったことを悔いた。牢獄の作られた目的はわからない。そんなことはもうどうでも良かった。


「この島であなたと私、二人きりよ。まるでアダムとイブみたいね」

 カオリは振り返り、穏やかな笑みを浮かべる。

 私はポケットに入れた金色の林檎を取り出し、パジャマの裾で丁寧に磨き上げた。艶を増した林檎は崩壊しかけた屋根から降り注ぐ木漏れ日に美しく輝いていた。


 

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ブルー・オーシャン 神崎あきら @akatuki_kz

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