最終話 次なるクエストは?

 彩良は謁見の間を出ると、来た時と同じくアリーシアに付き添われて部屋に向かっていた。


「ジェニールって、もしかして処刑されちゃったりするんですか……?」


「おや、さんざんイヤな目に遭わされたというのに、処刑はされたくないのか?」


 アリーシアに揶揄するように聞き返されて、彩良は素直にコクンと頷いた。


「殺されそうになったのは確かですけど、こうしてあたしは生きていますし、別に処刑までしなくてもいいんじゃないかって思うんですけど。フィリスも無事だったわけですし」


 すでに彩良を召喚するために一人の人間が死んでいる。これ以上自分のせいで誰かが死ぬのは御免こうむりたかった。


(だいたいあたしの国だって、よっぽどの重罪じゃなければ死刑になんてしないし……)


 アリーシアは暗く沈む彩良を見て、ふっと笑った。


「君は兄と同じことを言うんだな」


「え、そうなんですか?」


「今回の件はサイラが一番の被害者だから、ジェニールの処罰については、君の意思に沿うと言っていた。君がそう言うのなら、極刑は免れるだろう」


(やっぱりフィリスはいい人なのよね。ちょっと人がいいとも言えるけど)


 彩良はそんなことを思いながら、ほっと息をついた。


「けどまぁ、無罪放免じゃ腹が立ちますから、しばらく鎖につないで飼い犬生活でもしてもらうのはどうですか? 言うことを聞かなかったら鞭打ちってことで。性根を叩き直してもらいたいですね」


 彩良は真面目に言ったのだが、アリーシアはくっくと肩を揺らして笑っていた。


「……そこ、笑うとこですか?」


「兄が言っていた通り、君は面白いなと思って」


(……お笑いスキルもやっぱり聖女の魔力に入っているのかしら?)


 聖女の魔力にはまだまだいろいろな効力がありそうなので、それに伴うクエストがこれから発生してもおかしくない。そのためには、まずこれを攻略する。


『プチクエスト: 王宮引きこもり生活を断固拒否する』


 むんっと気合を入れた時、彩良は協力してくれそうな人を思いついた。


「そういえば、ジェニールが捕まっている間は、あの人の使用人ってどうなるんですか?」


「捕まっているといっても牢獄に入れられるわけではないからね。身の回りの世話をする人間は必要だ。使用人もそのままになる」


「それなら、ティアを引き抜いちゃダメですか? あたしのところに三人メイドがいるから、その誰かと交換できないかなって思ったんですけど」


「ティアを気に入っていたのか?」


 アリーシアは意外そうに眉を上げた。


「うん、まぁ。ジェニールのところで働くのが辛そうだったから、あたしのために使用人を雇うなら、ティアを入れてあげられたらいいなって」


「そういうことなら、心配には及ばないよ」と、アリーシアはやさしく微笑んだ。


「どうして?」


「ティアはもともと兄の使用人になるはずだったんだ。その兄が戻ってきたから、今日からそちらで働き始めたよ」


(うう……協力者の当てが外れちゃったわ。でも――)


「それならティアのためには一番よかったですね。フィリスも北の塔から戻って来てるみたいですし、一応挨拶に行ってもいいですか?」


「わざわざ行く必要はないらしい」


 アリーシアはそう言って、どこか含み笑いをしている。


「え、なんで――?」


 いくら間接的に呪いを解いたといっても、助けに戻ると言った手前、顔くらい見に行くのが普通ではないかと思う。


(……呪いが解けたら、あたしのことなんかどうでもよくなっちゃったとか? まさか、あの告白も無効!?)


 彩良が一人呆然としていると、背後から名前を呼ばれた気がした。振り返ると先ほどの銀髪の青年が追いかけてくるところだった。


(ひゃあ。近くで見てもきれいな人だわー)


 彩良が相変わらず見惚れていると、その青年にガバッと抱きしめられていた。


(はいぃぃ!?)


「会いたかった。昨夜から一日も経っていないのに、もう何年も会えなかった気がするよ」


 艶やかな声が耳元で響いて、彩良の頭は完全にショート。全身硬直。息も止まった。


「こら、人間のオスがサイラをギュッとするな」


 ウルの声がしたかと思うと、抱きついていた青年は引きはがされていった。


(し、心臓に悪いわ……!!)


 彩良がぜーぜーと深呼吸をしていると、青年の不機嫌そうな声が聞こえてくる。


「先ほどから思っていたのだが、君はサイラの何だ?」


「オレはサイラを守ってる」


「なんだ、護衛か」と、青年が安堵の息を吐いたのも束の間――


「そして、いずれはオレの子を産んでもらう予定だ」


 ウルが続けると、青年はショックを受けたように固まっていた。


「……もしかして、サイラの恋人なのか?」


 ウルが「うむ」と頷く前に、彩良はむにっとその頬をつまんだ。


「違います。ウルも勝手に決めなーい」


 ウルはむうっとしたように口を尖らせ、青年は「なんだ」と、ほっとしたような顔をした。


「ていうか、そちらこそ、どちら様? いきなり、だ、抱きしめるとか、ありえないんですけどー?」


 彩良がドキドキと弾む胸を押さえながらジロッと睨むと、青年は唖然としたような顔をした。


「僕だよ、フィリス。まさか、もう忘れたとは言わないよね?」


 グラリと倒れそうなほどショックを受けたのは彩良の方だった。


(フィリスって、『身形かまわなそうなイケてないクマ王子』って設定じゃなかったの!? )


 それがまさか、髪を整えて髭を剃ると、ジェニールに引けを取らない麗しい王子様になるとは――。


 考えてみれば、ジェニールやアリーシアが美形なのに、フィリスだけブサイクというはずもなかった。


「わ、忘れてないけど、あまりに違う姿で驚いたというか……」


 彩良はすぐに現実が受け入れられず、しどろもどろにつぶやいていた。


「サイラ、僕がこうして生きていられるのは君のおかげだ。本当にありがとう」


 そう言いながら、フィリスは直視するのがまぶしいくらいの笑顔を向けてくる。


 そして、彩良の手を取ると、その足元にひざまずいた。


「国の決まり事など関係なく、僕は君を妻にしたいと思っている。君がこの世界に来てよかったと思えるように、僕の一生をかけて君を幸せにすると誓うよ。心から君を愛しているんだ。婚約の話を前向きに考えてもらえないだろうか?」


(……ああ、どうしよう。さっきの妄想通りの展開になっちゃってない?)


 唯一違うのは、目の前にいるのがモッサリ系クマ王子ではなく、言葉も失うレベルで見惚れてしまう王子様という点。


 そんな人に正真正銘プロポーズをされれば、頭に血が上ってしまうし、このまま鼻血を噴き出してもおかしくない。


(……あたし、二年後でもこの人と結婚するとか、普通に考えて無理だわ)


 こういう美しすぎる人は、とにかく見るのが専門。そんな人と夫婦になって、あんなことやこんなことをするなどと、想像しようとしただけで心臓が止まる。


(と、とにかく、今すぐ婚約だのしなくて済むように、歳を誤魔化したのよね!?)


 彩良は先ほど思いついたプチクエストを必死に頭へたぐり寄せた。


「そのう、フィリス、さっき国王の前でも言ったけど、結婚とか考えるにはまだ早くて……。せっかくの異世界だから、今はいろいろ楽しみたいなって思ってるんだけど……」


 フィリスはそんな言葉に気を悪くするどころか、『もちろん』といったように頷く。


「恋愛より冒険をしたいと言っていたことは覚えているよ。君がこの世界を楽しめるように、僕も精一杯協力させてもらう。婚約など重く考えずに、恋人から始めるのはどうだろう。僕と付き合ってほしい」


(もう、どうしてフィリスは文句のつけようのないことを言うのー!?)


 結婚はともかく、お付き合いくらいはしてみたいと思っていたのだ。


 それに、フィリスが相手であれば、おそらく王宮に閉じ込められることもなく、プチクエストもあっけなく攻略。楽しい異世界生活しか想像できなくなる。


(でもでも、普通にオッケーしちゃっていいの!? あたし、平凡を絵にかいたようなオタク女子よ!? もっさいクマ王子が相手ならともかく、こんな麗しいイケメンってアリ!?)


 これぞまさに現実ではありえない設定。どう考えても、元の世界ではこんな見た目も中身もパーフェクトな男性から愛の告白などされることはなかっただろう。


(……こ、これも異世界チート設定ということでいいかしら?)


「ええと、じゃあ、まずはお付き合いからということで……よろしくお願いしてもいいですかね?」


 彩良がもじもじしながらも言ってみると、フィリスも照れたような笑顔で頷いてくれた。


 その少し子供っぽく見えるかわいらしい表情に、彩良の心臓はドキドキからバクバクへ。顔から火が出そうなほど真っ赤になって、頭はついにオーバー・ヒート。


 鼻血を噴き出しながら、意識を飛ばしていた。


(や、やっぱり恋愛系はNGでお願いします……!!)


「サイラ!? 大丈夫か!?」

「このクズ野郎、サイラに何をしやがった!?」

「心配ない、ただの鼻血だ!」


「ピーッ! ピピッ!」

「あ、こら、ピッピ、サイラをつつくな!」

「まずは私に手当てをさせてくれ……!!」


 みんなが大騒ぎしている声を遠くに聞きながら、彩良は新たなクエストを夢見て、ニタニタと笑みを浮かべていた。




〈了〉

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異世界転移は謎解きクエストの始まり ~せっかく主人公に抜擢されたのに、テンプレ通りにストーリーが進まない!~ 糀野アオ @ao_kojiya

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