第2話 こういうの、ざまぁ展開っていうの?


「ええー、あたしが十五歳というのはあっちの世界での数え方で、この国の方法で計算し直すと、あと一か月ほどで十三歳になるところでした。この国ではまだ成人になっていないので、今すぐ結婚というのは無理なのです」


(これぞ異世界転移者の特権よ! ……なーんて、歳をサバ読むだけのしょぼい特権だけど)


「なるほど、そうであったか。もうじき十六にしては道理で幼いと思っていた」


 国王は何の疑いもなく信じてくれたが――


(それはそれでムカつくんですけどー!?)


「陛下、そういうことになりますと、婚姻まで二年以上あります。その間はフィリス殿下と御婚約という形で、仲を深めていただくということでよろしいのではないでしょうか」


 国王の隣に立っていた議長が言った。


「うむ、それでいいだろう」と、国王が頷いた時、列席者の中から一歩進み出てくる人物がいた。


 ジェニールだった。


「陛下、私から申し上げたいことがございます」


 彩良は久し振りに彼を見た気がしたが、相変わらず目を引く麗しさだ。


 金糸の刺繍の入った淡い黄色の正装姿が、余計にその美しい金髪と華やかな顔立ちを引き立たせている。


(これが初対面だったら、本性も知らずに『きゃあ、素敵な王子様!』で終わってたわー……)


 今の彩良は胡乱な目でしかジェニールを見られなかった。


「なんだ? 申してみよ」と、国王がジェニールに目を向けた。


「命を救ってくれた聖女を妃にと望む兄上の気持ちは理解できますが、彼女は私がジュードの森で見つけて、連れ帰った妾妃です。聖女と証明された今、私の正妃とするべく、婚約者になっていただくのが筋というものではありませんか?」


(なんですと!? なにが妾妃だ! 珍獣の間違いでしょ!? )


 彩良が口を開く前に、「失礼」と別の青年がジェニールの脇から現れた。


 その青年のかすかに色気を漂わせながらも気品のある整った顔に、彩良はジェニールへの悪態も忘れてポカンと見惚れてしまった。


 やわらかそうな銀髪がきらめいていて、涼し気な緑の瞳とよく似合っている。黒の正装をまとった姿は、ジェニールに負けず劣らずの長身でスタイルも抜群。知的で落ち着いた雰囲気がジェニールとは対照的だ。


(ひゃあ! イケメン新キャラが登場しましたよー!! 新たなクエストが発生するのかしら!?)


 思わず鼻息を荒くしてしまう彩良の前で、銀髪の青年は静かに話し始めた。


「兄弟間で妾妃を譲るのは珍しいことではありません。特にジェニール王子は彼女を気に入っていた様子もなく、北の塔に放り込むくらいですから、それほど執着する女性というわけではないのでしょう。そこで自分の正妃にと主張するのはおかしな話かと思われますが」


 ジェニールは不遜な笑みを浮かべて、その青年を振り返った。


「何か勘違いをされているようですが、サイラを北の塔に入れたのは、兄上のためを思ってしたこと。あまりに時期が違うため、聖女とは思いませんでしたが、彼女は魔物に危害を加えられることなく森で生活していた娘です。彼女であれば呪いの症状を抑えられるのではないかと、兄上にお貸ししたまで。結果、兄上は呪いから回復されたので、そろそろお返し願いたいところです」


(はぁ!?)


 さすがの彩良もジェニールの太々しい態度には頭に血が上った。


「こーの、ウソつき王子! あたしを食べさせて、フィリスを処刑に持ち込むつもりだったくせに! なーにが『兄上のためを思って』よ!?」


 彩良の声は自分が思っていたよりこの大広間に大きく響き渡った。


 一瞬シーンと静まり返ったが、直後、場はざわめき始めた。


「ジェニール殿下が?」

「まさか」

「しかし、聖女様が仰っているわけだし……」

「実は私も聖女様が鎖につながれて、廊下を歩いていらっしゃるのを見たことがありましたぞ」

「私もです」


 そんな声がちらほらと彩良の耳にも届いてくる。


「静粛に!」という王国議長の老齢にしては張りのある声で、再び静かになった。


「ジェニール殿下、聖女サイラの仰っていることは真ですか?」


「とんでもございません」と、ジェニールはあくまで余裕の笑みを浮かべている。


「彼女は少々勘違いしているのです。私としてはちょっとした楽しい余興のつもりだったのですが」


 ジェニールは彩良を見つめて、イタズラっ子のような笑顔を見せた。


「はぁ!? 余興!?」と、彩良は目を剥いてしまう。


「あわや殺されそうになりながらも奇跡の生還。めったにない経験を楽しめただろう?」


「そ、それは――」


 言われてみれば、確かに平凡な女子高生をやっていたらありえないドキドキ・ハラハラ、興奮と涙までモリモリの異世界初クエスト(一応)だった。


 がしかし、それをジェニールに対して認めるのは悔しい。


 『ほら、図星だ』と言わんばかりのジェニールのドヤ顔を見て、彩良は返す言葉が見つからなかった。


「残念ながら――」と、その場に凛とした女性の声が響いた。


 彩良のすぐ近くに立っていたアリーシアがジェニールに厳しい視線を向けていた。


「ジェニール兄上、それは詭弁というもの。兄上には聖女暗殺未遂の件で嫌疑がかかっております」


 『暗殺未遂』の一言に、その場が再び騒然となる。


「何だと?」


 ジェニールの顔が初めて不快そうに歪んだ。


「こちらで暗殺未遂の犯人を捕えてあります。その者はジェニール殿下の指示だった、と証言しております」


 フィリスが気絶させた北の塔の衛兵は、どうやら彩良の知らない間に逮捕されていたらしい。


(何気に抜かりないフィリスとアリーシアだわ……)


「この謁見が終わり次第、お話を伺う予定でしたが、聖女サイラからこのような証言を得た今、その身柄を確保させていただきます」


 アリーシアが続けると、ジェニールは即座に叫んでいた。


「そんなのは私を陥れるための虚偽だ!」


「その真偽は、今後の審議で明らかにしていただきましょう。兄上のご身分を考慮し、審議が終わるまで自室での軟禁を要請いたします」


 アリーシアはそこで正面の国王と議長に向き直り、片膝をついた。


「陛下、議長、ご裁断をお願いいたします」


 国王にとっては息子、議長にしてみても一国の王子に嫌疑がかかっているとなると、すぐには言葉が出てこないようだった。


 それでも、国王はややあって頷いた。


「許可しよう。聖女は我が国にとっての至宝。その聖女の命を危険にさらしたとなれば、大罪にも当たる。すべてを明らかにした後、処罰は改めて決めることにする」


「ありがとう存じます。では――」


 アリーシアが目配せをすると、広間のあちこちで待機していたと思われる兵がジェニールを取り囲んだ。


 ジェニールもそこでは抵抗することなく、おとなしく連行されていった。


 この逮捕劇のせいでその後は大騒ぎになってしまい、『聖女の国王謁見イベント』はなんとなく中途半端に終わったのだった。

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