幕間
羽成家の次男坊
「今日は暑いな……。そうだ、アイスでも買うか」
そんなことをボヤきつつ、閑静な住宅街を歩く。
今日は六月十五日。俺は次の一週間分の食料を調達しに、重い腰を上げコンビニまで歩いていた。
「はぁ……実家から自転車とか持ってくれば良かった」
梅雨の時期の晴天ほど、蒸し暑く有難迷惑なものはない。こんな日は自転車を飛ばして風を一身に受けたいものだが……。生憎と、俺の中学時代の愛用ママチャリは実家の倉庫に眠っている。いや。今頃は、父親の通勤用にでもなっていることだろう。
そう言えば、蕎麦は今頃何をしているのだろうか。今日は朝から一回もダイレクトメッセージが来ていないが……きっとあいつのことだ。せっせこ碧獣のミッション消化に勤しんでいるのだろう。
スマホを見る。午前九時五十分。遅めの朝飯も同時に買おうか……。
「何にせよ、さっさと行って帰って来るか……ん?」
目の前に見覚えのある顔が通りかかる。
「ん」
そいつは俺に気が付くと、イヤフォンを片耳外す。長く伸びた髪が、それに合わせてふわりと揺れた。
「
「お、お前――」
カラスの濡れ羽色の髪に、紫色の瞳。ぱっちりとしたまつ毛に、整った目鼻立ち。
髪型は中性的で――襟足はかなり伸びている。ウルフの一歩手前、くらいだろうか。身長は百五〇センチくらいで、随分と華奢だ。美少女と呼ぶに相応しい可愛らしい顔立ちのそいつは、目をぱちくりしながら俺を見る。
「
「やっぱり冬兄だ。何してんの、こんなとこで」
「コンビニに行くところだったんだ。来週分のメシを買いにな。それより一哲。お前こそ何でこんなところに」
ポケット付きのパーカーに七分袖のズボンを着たこいつは、
「テッタがユニフォーム忘れたから届けに来た。その帰り道」
テスト週間に部活があるとは、何ともブラックだ。いや、羽成のことだから自主練とかだろうが。勉強の方は大丈夫なのだろうか?
「そうなのか。ま、それくらいの用がないとここら辺には来ないよな」
「うん」
「で……こっちはお前の家と反対だけど」
一哲はイヤフォンをポケットに仕舞い、一呼吸置いて――ぽつりと言った。
「道に、迷った」
「だろうな……」
羽成家の人間は方向音痴。
どうやら母親譲りらしいその性質に俺が気が付いたのは、小学三年生の時。父親を除く羽成一家と市民プールに遊びに行った日のことだった。
◇◆
確かその日は、夏休みだっただろうか。哲太に市民プールに誘われたのだ。羽成母が車を出してくれると言うので、俺はありがたく、その車に乗った記憶がある。
『じゃあ、
哲実と言うのは、長女のことだ。あまり乗り気では無かったらしい彼女だったが、まだ幼い一哲も行くと言うので渋々付いて来ていたことだけは記憶している。
『楽しみだな、カスミ!』
『うん!』
俺はワクワクしながら到着を待っていたのだが……。途中で寝てしまい、車が止まったと同時に聞こえる羽成母の声で目が覚めた。
『あらぁー、おかしいねぇ。カーナビの故障じゃないの、これ……』
『かーさん、どーしたんだ?』
『ごめんねえ、カスミ君。ちょっと運転間違えちゃって』
『だいじょーぶですよ。まだ午前中なので。今から引き返せば間に――――』
そう言いかけて。異様な雰囲気を察知した俺は、窓に目をやる。
『…………――っ』
そこにあった景色は。
山奥にひっそりと聳え立つ、ツタや雑草、雑木林に覆われた廃墟だった。
『ひっ……』
窓ガラスはひび割れ、躯体は朽ちて丸出しになり、壁が剥がれ落ちて中身は露出している。半壊と呼べるその邸宅からは、怪しくおどろおどろしい気配を感じる。
俺は思わず身震いして。車内に縮こまった。
『おかーさん、まだー?』
『ごめんねえ、一哲。今引き返すからね』
その後市民プールには到着出来たのだが、俺は道中の出来事でそれどころでは無かったのが印象深い。その後も哲太と一哲が更衣室で行方不明になり、市民プールの裏の駐車場で発見されたりと……。それはもう、大惨事だったことを記憶している。
◆◇
「俺の用事が終わった後で良いなら、家まで送るぞ」
「え、ほんと?」
「ああ。コンビニまで歩くから、少し時間が掛かるかもだけどな。それでいいか?」
「うん」
一哲は俺の後ろをちょこちょこと付いてくる。既視感のある光景だ。
ああ、思い出した。哲太の後ろを付いて行く一哲だ。一哲は昔から哲太にベッタリで、哲太と遊ぼうとすると必ずと言っていいほど一哲が付いて来て、そっちの子守もすることになるのだ。
「最近どうだ? 哲太は元気でやってるのか?」
「どうって……テッタは相変わらず筋トレ三昧だよ」
「ああ、確かにな……」
あのゴリマッチョのことだ。勉強もそこそこに筋トレに勤しんでいるに違いない。
「あ、そうだ。お前、誕生日にプロテインが欲しいって言ってたそうじゃないか」
ぎくりと。一哲の肩が震える。
「なっ、なんでそれを」
「哲太が言ってたんだ。やっぱりあいつも男だったんだなってな」
俺がそう言うと。一哲はあからさまに不機嫌そうな顔になる。
「ぼ……――お、おれは男だ!」
「ああ。悪い悪い」
一哲はその美少女――いや、紅顔の美少年たる容姿から、周囲からよく女の子だと勘違いされる。それについて、本人は非常に気にしているらしいのだ。
「むむむ……。はぁ。まあいいか。カス
「あっ、おい。その呼び方はやめろって言ったはずだぞ」
カス兄。カスミに兄を付けた呼び方……。語感と聞こえの悪さから俺は気に入っていない。昔、一哲が俺のことを呼んでいた呼び方だが、羽成母によって矯正。俺の呼び方は冬兄に落ち着いたはずだが……。
「知らなーい。うん。やっぱりカス兄って呼ぶ」
イヤフォンで耳の穴を塞ぐ一哲。こいつめ……。
「……はぁ。勝手にしろ」
そうしているうちに、コンビニに到着した。店内に入ると、ひんやりとした涼しさを覚える。この暑さだ、店員の方がエアコンの温度を低めに設定しているのだろう。
「カス兄、何買うの」
「ん。来週分のカップラーメンと……あ、消しゴムも欲しいな。ええと、んで……」
「カップラーメンなら、良いの知ってるよ。付いて来て」
「お、おう」
一哲に付いて行くと。
「ほら、ここ。新作の列」
一哲は華奢な手で一つのカップラーメンを手に取り、見せてくる。
「濃厚ココナッツミルク風海鮮ラーメン……上手いのか、これ」
「結構おいしい。あとこれも」
「旨辛ーメン豚キムチか。これは食べたことあるぞ。サイダーと一緒に注ぎ込むと上手いやつだ」
「お。分かってるじゃん、カス兄」
それから一哲は、おすすめのカップラーメンをこれでもかと教えてくれた。そのおかげで俺のカゴの中は一哲おすすめのカップラーメンでぎっしりだ。
「よく知ってるな、こんなに……」
「まあね」
「いつ食べてるんだ? 夜は夕飯があるし……朝にカップラーメンは重いだろ」
「……昼」
一哲はそれだけ言うと、黙り込んでしまう。
「昼って……まさか一哲、学校行ってないのか?」
「……うん」
通常の中学生ならば、給食を食べているところだ。それをカップラーメンで済ませるとなると、自宅で、昼間に食べているということになる。
デリケートな話だ。この年ならば、そういうことも起こりうるだろう。何か理由があるのか、それとも単に気分的な問題なのか……。
「深くは追及しないでおく。でも、困ったらいつでも相談しろ」
「……助かる」
立ち上がる一哲。
「そうだ。カス兄」
「どうした」
「アイス買ってよ」
一哲は涼し気な上目遣いで、そう言った。
◆
「じゅる。……これ、美味しい」
「俺のお気に入りだ。ちと高いけどな」
コンビニの前のアーチ状のポールに腰掛け。一哲と共にアイスを貪る。一哲はバーゲンナッツのショコラ味、俺はバーゲンナッツのキャラメル味だ。
「……ありがとう、カス兄」
「お礼を言う時でもカス兄なのな」
「……冬、兄」
「それでいい」
と、そこに。
「冬城くん?」
不意に、聞き覚えのある声で名前を呼ばれる。声の方を見ると、私服姿の上谷さんが、入り口の前に立っていた。
いつもは三つ編みにしている茶髪を降ろし、セミロングにしているため、一瞬誰だか分からなかった。相変わらず眼鏡はしているが。
「か、上谷さん?」
「あ、やっぱり冬城くんだ。その横に居るのは……」
「ああ、紹介しよう。友達の一哲だ」
「……ども」
一哲は気まずそうにしている。上谷さんは目をぱちくりとさせ、髪を耳に掛けた。
「ふ、ふーん。友達、なんだ。そっかそっか」
「上谷さんはどうしてここに?」
「ちょっと用事があって。まあ、野暮用ってやつだよ」
「そうなのか」
「うん」
学校以外でクラスメイトと会うとなぜか緊張するのは、俺だけではないはずだ。
「じゃ、じゃあ。またね。あ、明日は図書委員の当番だから忘れないでね」
「ああ。ありがとう」
「そ、それじゃ」
上谷さんはそう言うと、少し小走りでコンビニの中に消えていった。
「そろそろ帰るか? 一哲」
「……うん」
◇◇◇ ◇◇◇
【改訂版】男だと思っていたネッ友とオフ会したら、隣のクラスの棘姫だった 秋宮さジ@「棘姫」連載中 @akimiyasaji1231
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