邪知暴虐な公爵令嬢だから婚約破棄するらしいですが、ご冗談を

はに丸

本編

 その日は舞踏会。社交界デビューするご子息ご令嬢のお披露目である。また、王の威を示し、英邁な君主の元で永遠に続く安寧と繁栄を祝うセレモニーでもある。

 荘厳な音楽と共に王が始まりの挨拶を終えたその時であった。


「余は公爵の娘、邪知暴虐じゃちぼうぎゃくなお前との婚約を破棄する!」


 響き渡るは、王子の裂帛れっぱくの声であった。年若い王子は震える少女を抱き寄せながら、一人の女を睨み付けながら言った。


 そこには、威厳に満ち、いっそ高慢にも見える公爵令嬢が佇んでいた。婚約者である王子の言葉に眉一つ動かさない。美しいが冷たいその面持ちは、氷を思わせる。


 彼女は、王子に抱きしめられる少女に視線を移す。少女はその眼差しに怯えるように目を伏せた。その姿に頷いた後、公爵令嬢がしずしずと歩き出す。あのような淑女たれ、と誰もが見本にするであろう、優雅さがあった。


「……殿下。何度目ですか」


 公爵令嬢の声は、包み込むような圧力と少々の呆れがあった。王子の顔がひきつる。公爵令嬢が身をかがみ、少女の顔をそっと覗きこんだ。


「あなたは……たしか、あちらの子爵様のご令嬢、ですか?」

「……はい。えっと……公爵家の貴き至宝、様。さ、ようでございます」


 混乱、緊張、怖ろしさでこわばりながらも、必死に言葉を紡ぐ子爵令嬢に公爵令嬢が薄い笑みを向けた。そこには同情と慈悲が含まれていた。その慈悲に縋るように、子爵令嬢が


「あ、あの。殿下に手をおとりいただいて、その」


 と、半泣きでいう。公爵令嬢がむりやり王子の手を子爵令嬢の肩から離した。王子がとても情けない顔をした。


「勝手に連れて来られたのですね。そう、そうですか。怖かったですね、ごめんなさい。お父上の元にお帰りなさい」


 子爵令嬢が公爵令嬢を見上げて安堵のため息をついた。必死にぎこちなく作法通りの礼をしたあと、人混みへ走り去っていく。安心したのか、怖ろしさがまだあったのか、彼女は泣いていた。


「さて殿下。何度目ですか。いかに殿下が婚約破棄ごっこがお好きとはいえ、陛下の開いた祝宴で遊んで良いわけではないのですよ」


「お前のそういうとこ~!!」


 冷たい面相のわりに火炎の響きをもって説教してくる婚約者に、王子は地団駄を踏んだ。公爵令嬢はさらに畳みかける。


「殿下。私はいずれ王妃になりますが、第二夫人以降はお好きにして良いのです。殿下はまだ十二才。側室を一人にお決めにならなくてよい。子爵令嬢も正式なお申し出をなされば、夫人の一人として迎え入れることもできます。私はもう二十三才。殿下と婚姻を結ぶ頃には三十路でございます。側室のお子を母として立派にお育ていたしましょう。しかし私が至らぬばかりに殿下を迷わせてしまい、私の不徳の致すところ」


「お、ま、え、の! そういうとこ~!!」


 一歩一歩進みながら忠誠と義務を誓う年上の婚約者に、年若すぎる王子は後ずさりし、壁に追い込まれた。おかげで、舞踏会の邪魔にならない。

 偉大なる国王陛下は、少年と淑女に目もくれず、大臣たちや官僚、各国外交官と大いに会話を楽しんでいる。他のものたちも、放置した。


 この、公爵令嬢による王子殿下へのメンタルSMショーは毎度のことなのでみな反応しない。


 いや、初めての舞踏会で見知らぬ少年に掴まり、今日からお前は婚約者だと脅された子爵令嬢は、怯えた目を向けて父にしがみついていた。ようやく十一才の彼女にとって、辛い事件であった。これがトラウマとなり舞踏会に怯えるようになってしまうのだが、後に完璧なやり手の新興貴族の青年と恋に落ちるので、まあそれまでの我慢である。


 さて。王子が半泣きで地団駄を踏み、癇癪を起こし始めたため、公爵令嬢は素早く駆け寄り、むりやり腕を引っ張って会場をあとにした。灯りが等間隔で並び、夜の廊下をぼんやりと照らしていた。


 いつもいつも、こうである。王子は物心ついたころからそばにいる、この婚約者が大嫌いである。王子の気持ちなどわからず、手前勝手な帝王学と道徳と教育を押しつけてくる。みな、この女が正しいと言う。この女は未来の王妃として素晴らしい、きっと王子を支えてくれると言う。


 教科書にちょっと落書きをしただけで、死ねブスって書いただけで、六時間の説教と道徳と帝王学を流し込まれたあげく


 ――私の不徳のいたすところ、私が婚約者として介添えできてがおりませんこと、伏してお詫び申し上げます。


 などと、ガチで言ってくる。そういうこのクソ女を見た父も母も褒め讃え、王子は公爵令嬢の言うことを聞くように、とさらなる説教がくる。


 王妃ってのは嫁だよな。嫁ってかわいいのがいいんだが!? と、王子は叫んだことがあったが、


「側室が欲しいんですね」

「子というものは、多い方がよいですもの。プール資金は必要なのと同じ」

「殿下はなんと英邁な」


 などと言われ、王子は一日ふさぎこんだ。当時、十才であった。


 公爵令嬢が王子を召し使いたちに引き渡し、


「お眠りの準備を」


 などと、勝手に言う。王子は、ベルトコンベアに流されるように、風呂につっこまれ、丁寧に体をぬぐわれて、パジャマを着せられるとベッドに放り出された。

 ベッドで公爵令嬢がネグリジェ姿で添い寝をしてくる。物心着いた頃から、王子はこの女と寝る。母親が共に寝ていた記憶はないが、この女は毎日である、もう嫌だ。


「王子はお疲れなのです。ゆえに、迷うこともあるのでしょう。さ、お眠りください」


 優しい笑みを向けられたが、王子は恐ろしくて目を伏せた。そうなると、ネグリジェからこぼれんばかりの大きな胸が目に飛び込んでくる。布に隠れた乳房であるが、存在感が大きすぎる。怖い。これも怖い。


 女。怖い。


 そう思いながら、十二才の少年は女に撫でられながら、寝た。明日こそ、この悪辣な公爵令嬢と婚約破棄をするのだ。どうやってしたらいいかわかんねーけど、するのだ。そう、日課のように思いながら、眠りについた。


 残念ながら、彼はこの公爵令嬢と結婚し、筆おろしするはめになる。

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