戦いの場面そのものはすくなく、近隣の国々との火花散るような舌戦の場面もすくない。
しかしながら小説の冒頭から結末まで、研ぎ澄まされた緊張が漲っている。
国の意思決定を行う議論のひとつひとつ、君主の婚姻……国の重要な方針を決める場面は当然として、本来なら一息つく華やぎの場面であるはずの戦勝の祝宴の段でさえ、戦場の続きであるかのような、白刃のきらめきが登場人物の一挙一動に宿っている。
淪みゆく陽の美しさと切実さが漲っている。
削られて行く国土の広さに呼応するように、彼らには自由に手足を伸ばすようには、国の方針を決められない。
だからこそ、垣間見える少年君主の英邁さの片鱗に、臣下の忠節に、美しさを見てしまう。おそらくそれは、昇りゆく陽のもとでは、陽、そのものの輝きにかき消されて見えなくなってしまう類いのものだ。
この物語は、春秋時代、新しく輝く陽が昇り始める前の夜に、淪んでいった陽の、その美しさの物語である。