曲沃が翼に取って代わるという出来事は、実際には極めて重要な意味を持っています。武公という小宗が大宗に代わったことは、後の晋国公室が宗室を不信とし、外姓の重用によって公室の力を更に弱める流れの礎となりました。また、この出来事が宗法制度に与えた挑戦は、後の三家分晋に匹敵するものだとも言えるでしょう。
作者は、当時の翼と曲沃の情勢を非常に巧みに描いており、周礼の導入も的確で、時代の空気感が見事に表現されています。それだけでなく、春秋時代の戦争の特徴――すなわち宗法制度のもとでの貴族間の戦が儀式的であり、礼や仁義が重視された点――を的確に捉えており、その描写は非常に完成度が高いと感じました。
晋哀侯と欒成の絆も深く描かれており、哀侯が少主として晋公室の正統性を必死に保とうとする姿は、幼さや戸惑いも含めて非常に印象的でした。対して欒成の忠義は物語の進行とともに深まり、数多の氏族が背を向ける中にあっても、彼は宗法と君臣の礼を守り抜き、命を捧げたその姿には、深く胸を打たれました。
戦いの場面そのものはすくなく、近隣の国々との火花散るような舌戦の場面もすくない。
しかしながら小説の冒頭から結末まで、研ぎ澄まされた緊張が漲っている。
国の意思決定を行う議論のひとつひとつ、君主の婚姻……国の重要な方針を決める場面は当然として、本来なら一息つく華やぎの場面であるはずの戦勝の祝宴の段でさえ、戦場の続きであるかのような、白刃のきらめきが登場人物の一挙一動に宿っている。
淪みゆく陽の美しさと切実さが漲っている。
削られて行く国土の広さに呼応するように、彼らには自由に手足を伸ばすようには、国の方針を決められない。
だからこそ、垣間見える少年君主の英邁さの片鱗に、臣下の忠節に、美しさを見てしまう。おそらくそれは、昇りゆく陽のもとでは、陽、そのものの輝きにかき消されて見えなくなってしまう類いのものだ。
この物語は、春秋時代、新しく輝く陽が昇り始める前の夜に、淪んでいった陽の、その美しさの物語である。