終章

 過ぎた彼岸。目前の墓。細く立つ線香の煙。

「久しぶり、結灯」

 誰もいない墓地に落ちる俺の声。


 この墓に眠っているのは、かつて再会を約束した友人であり、俺の母親だ。


 俺は沈黙する石に語り掛ける。

 今年で俺も二十五歳だ。まだ小説家の夢は叶えられていない。あの約束を忘れた訳じゃない。今は社会人をやりながら公募に出している。

 君と別れた翌日、部室から忽然と鏡が姿を消した。理由は分からない。

 鏡が無くなってしまって君との交流はすっかり途絶えた。確かなものは直接会おうと交わした約束だけで、それ以外で君の存在を確認する術はなかった。君も俺を探そうとしただろう。でも見つけられなかった。

 俺が君の息子だったから。

 お父さんに母親の話を聞いたんだ。そうしたら「結灯」という名前だと教えてくれた。

 その後見せてくれた写真は、君に、ユイヒに瓜二つだったんだ。鏡合わせにしたような俺達の特徴。もしやと思ったね。

 追って数少ない遺品も出してもらった。全て美しい絵画で、君の絵のタッチによく似ていた。

 ユイヒ、君は夢を叶えたんだね。

 高校を卒業した後、君は画家見習いとして経験を積み、才能が開花した。でも何度も死ぬ程の地獄を見たんだよね。そこで俺の代わりに傍にいてくれたのが父だった。

 やがて二人は結婚して、一人の息子が生まれた。君はその子に、自分が学生時代、鏡を隔てて出会った少年のように育ってほしいと願って「灯祈」と名付けた。それが俺だったんだ。

 つまりユイヒは、未来の息子と鏡越しに会っていたという事になる。そして俺は、高校時代の姿をした死んだ母と会話していたんだ。

 そしてあの事故の日。君は鏡の向こうにいた友人と再会する約束を果たしに外出した。

 ここまでの話を聞けば分かると思うけれど、その日君が事故に遭わなくても約束は果たせなかったんだ。だってその時のトモキはまだ幼くて、君の思うトモキは存在していなかったのだから。

 結局俺が約束の年齢になっても君が生き返る訳ではない。だからこうして墓参りをするしかなかった。加えてまだ夢を叶えていない。本当に駄目な息子でごめん。

 でも俺は、ユイヒに出会えて良かったと思っている。

 親の束縛を受けない少年を君は羨んだかもしれない。少なくとも俺は親に愛されている少女を羨ましく思ったよ。

 そういえば、あの時書いていた小説はなんとか提出できたんだ。結果は玉砕。でもお父さんは認めてくれた。俺にとって一番の賞だった。まだ経験も浅いし、相変わらず書くのは遅いけれど才能は蕾んでいると思ってるよ。

 寒くなってきた、また近いうちに来るね。その時は良い報告ができたらいいな。

 立ち上がりスーツの皺を伸ばす。父が買ってくれた初めての贈り物なんだよ、と説明したが石は黙りこくっていた。

 明日も仕事だ、取り敢えず今日はお別れ。

「じゃあね、お母さん」

 俺は身を返し、宵と共に眠る墓地を後にした。

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