最終話
何かを企んでいるような底知れない目で、私……じゃない、リリを見る
思わずその視線からリリを守るように抱き締める。おねむモードに入りつつあるときは無防備なのだ。
「ああ、いや、そんな警戒しないで。こっちから一つ質問したいだけッス」
「……?」
言って悪戯っぽい笑みを浮かべ、こちらを指さす。リリがとろんとした目でこくりとうなずくと、高清水さんは了承したと解釈して質問してきた。
……リリは眠くて船を漕いでるだけだと思うけど……まあいいか。
「クイズ大会の最終問題。
「え……そうなの?」
私に無料券を、ということで大会に出る気になったリリがわざと誤答したなんて信じられない。それを確かめたくて、今にも眠ってしまいそうなリリを揺り起こす。
「ねえ、本当にわざと間違えたの?」
「そうだよ。よくわかったね」
「なんで?」
「メッセージと高清水さんの開始前のナレーションで、クイズ研に手を貸せば無料券が手に入るとわかっていたんだ。だったら別に優勝しなくても、ミコに無料券をあげられるわけだ」
「でも、優勝したら一枚多くもらえるんだよ?」
言うと、リリは大袈裟にため息をついた。あれ、ちょっとご機嫌斜めです?
「あのね、ミコ。そのたった一枚のために、どうして僕たちを面倒なことに担ぎ出したクラスの連中を喜ばせるようなことをしなきゃならないのさ? 何度でも言うけど、僕が頑張るのはミコのためだけだ。クラスの連中のためじゃない」
「え? え……?」
つまり――
「みんなへの嫌がらせで誤答したの……?」
「そういうことになるね」
ふふ、と小悪魔的な笑みを浮かべ、リリは高清水さんを見ていた。
クイズ大会に出場しろと言った
それだけ思うところがあったということか。
「じゃあ、最後の追い上げはなんだったの?」
「あまりにも無残な成績で終わってしまうと非難されてしまうからだよ。少しは頑張ったところを見せておかないと言い訳が立たない」
「……リリ、ウソついてる。ホントのこと言って?」
「やれやれ、ミコにはお見通しか」
なぜか嬉しそうに言って、小さく咳払いした。
「あと一歩で優勝できる、と思わせておいて落とすほうがよりガッカリするからだよ。ミコをあんな茶番に巻き込んだ報いだ」
「…………」
この子は可愛い女の子の姿をした
というか、私をクイズ大会に引っ張り込んだのはあなただったのでは?
……まあ、私は殊勝な感じで大会に勝てるパートナーを選んだ方がいいと言ったものの、やっぱりリリの隣を誰かに譲るなんてしたくなかったから、結局私が出ることになったと思うけども。
それを聞いて、高清水さんは特別教室棟全体に響き渡るほど大笑いした。
「はははっ! こりゃいいや! 愛されてるッスねー、
「それ以上に私はリリを愛してるからね?」
頭の良さでリリに勝てなくても、愛の深さと強さでは負けないと自負している。重いと思われるかもしれないが、リリはそれを受け入れてくれているから問題なしだ。
そんな即答を高清水さんはさらに笑い飛ばした。
「なるほど。わたしが無料券を手にできなかったのは、神前さんの逆鱗に触れた……要するに因果応報ってことッスね。それじゃあしゃーないスね」
「思わず言ってしまったけど、今の話は……」
「いいッスよ、神前さん。手紙のことを
わかってますって、と納得顔で手を振る。
リリもほっとしたように表情を緩める。互いに弱みを握り合う関係であれば、その約束の拘束力はそれなりにある……と思いたい。
「じゃ、取引成立ということで」
「了解ス」
リリが差し出した右手を高清水さんがしっかりと握り、約束の握手を交わした。
しばし互いの視線が合って――
「ところで高清水さん、どうして僕が故意に誤答したと?」
「んー……何度か大会の司会をしていてわかったことなんスけど、問題がほとんど読まれていないのにボタンを押した人は、答えたあとに『正解してくれー』って祈るような顔をするんスよね。今回みたいに最終問題で優勝が決まるような状況なら、なおさらその傾向が強い。でも、神前さんにはその気配がまるでなかったんス。だから、間違ってもいいと思っているか、むしろ間違ってくれと思っているかのどっちかだと」
「でも、あのときのリリ、手が震えてたよ……?」
席の陰で繋いでいたリリの手が不安そうに震えていたのは間違いない。
それについて、リリは一言。
「震えもするよ。ちょっと焦ってボタンを押してしまって、五分五分の確率で正解したらどうしようって不安だったんだから」
「えぇ……?」
そういえば、誤答したときに「焦ってごめん」とリリが謝ってくれたけど、あれは慌てて正解しそうになってごめんという意味だったのか。ま、紛らわしい……。
「正解したくないんなら、正解しそうな答えを言わなきゃよかったのに」
「明らかな誤答じゃ真剣味がないだろう。正解を目指しているように見せながら外すから意味があるんだ」
「左様で……」
うん。やはりこの子は
それにしても――そういうことになると、あのとき優勝を逃したと落ち込んだように見えたリリをなぐさめるために、いつもより多めに頭をなでなでした私の気持ちを弄んでくれたってことだよね?
仕返しに、私以外に撫でられても何とも感じなくなるくらい、優しく丁寧に愛情込めて撫で回し続けてやるから覚悟しなさい。
「さて。わたしは智花さんの言いつけで購買に行くスけど、お二人はどうするんで?」
話はもう終わりとばかりに、高清水さんが伸びをしながら訊いてきた。
リリは黒髪ショートボブの頭をこてんと傾げて、私を上目遣いに見る。
「このあとはフリーだからね。ミコと文化祭デートかな」
「そッスか。……そうそう、美術部の展示が面白いらしいスよ。あと一時間くらいで文化祭も終わるスから、その前に行ってみては?」
「ありがとう。そうするよ」
「んじゃ、わたしはこれで。いろいろあざっした」
最後に有益な情報と砕けすぎて原型をとどめていない感謝の言葉を残し、高清水さんは手を振りながら廊下を駆けていった。
その背を見送り、角の向こうに消えたところで――ふと不安がよぎる。
「高清水さん、本当に誤答のことを秘密にしてくれるかな……。
「大丈夫だよ。
「え……」
いつのまに? さっき握手したときか?
「まったく……抜け目ないね、リリ」
「僕たちの平穏のためだ。それくらいなんてことないよ」
言って、私にもたれかかりながら、ふあ、とあくびを一つ。
「眠い? どこかでひと眠りする?」
「いいや、せっかくの文化祭デートなんだ。時間を無駄にしたくない」
「そっか。じゃ、しっかり目を覚ましてあげないとね」
「ん……お願い」
私の言外の意図に気づいたか、リリは私の胸に体を預け、目を閉じた。
その可愛らしいショートボブの黒髪を撫でてから、待ちきれないと催促するような桜色の唇にキスをした。
いつもより少し甘くて、ほのかにマスカットの味がした。
完
※この作品はフィクションです。
登場する人物・団体等は実際のものとは一切関係ありません。
可愛いリリが文化祭で頑張る理由 南村知深 @tomo_mina
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます