第3話

「今日もオタク君、ありがとう。間違っても僕に恋はするなよ」

 一時間の雑談を終えて、再び僕らはリアルへと立ち戻る。なかにはこのまま別の配信へはしごするやつもいるだろうが、それは程度の問題で、いつかは同じようにネットから切り離して、心身をベッドへ横たえる事となるんだ。

 ろくにクラスには通ってはいなかったが、偶然にも二流の大学に合格できた僕は、一応単位もとれており、そこそこ普通の日々をおくれている。噂では友達ができなければ死だ、みたいに聞いていたけど、今のところはそうでもない。大学ぼっちはまっすぐ帰宅し、それまでの僕ならアニメでも観ていたのだろう。


 けど、ある日、男の娘姿の写真をSNSにアップしてしまったことで、良くも悪くも僕はネットに入り浸るようになった。きわどい写真だけは未だに撮る気にはなっていないが、ちょくちょく求められている。僕を男と知りながら、ついに始めてしまった生配信は、人気とは言い難い。

 だが、これまでの『直流』のような一人だけのループの日常に、数十人以上の交流がなだれ込んだのは、なんだかんだ言って楽しかった。

 そこには、僕のことを知っているのに、僕の素顔を知らないという、歪だけど居心地のいい世界が出来つつあったから。マスクをつけているので、メイクにもさほど時間を要さずに済むし、服を見せるだけでも、一応の企画になる。

 だんだん、普段着でも男の娘っぽくみえる瞬間が出はじめたのは、きっと配信を通して、仕草が当たり前になったからなのだろう。結局、僕は注目されたいんだ。あざといのが大好きで。でも、素直になれなくて。


 あのとき不登校ぎみになったのも、もしかすると、僕という存在を特別なモノにしたかったのかもしれない。結局、男の娘に僕、というのを、僕自身捨てきれなかった理由はこれだろう。

 恋人は結局つくれずにいる。当然だ、友達だってできないんだから。僕の一番の友達は、僕でしかない。自分が好きで好きで仕方が無いんだ。

「バイト、減らしてもいいな」

 配信の収益は新たに服を買うことで、視聴者に還元というていにしてあるが、大学生の一人暮らしなら、そこまでかつてほどシフトを入れなくても何とかなるくらいには、いただいている。

 それにしても……アーカイブにうつっているタートルネック、いいな。

 僕は相変わらず、心も体も男。それだけは揺るがないし、疑問もまったく抱いていない。自分をそういう目で見てる人も、視聴者にはいるだろう。斉東がそうだったとは言わないが、悪く思わない人間も確かにいる。でも、僕自身といえば、一番かわいい男の娘は結局は僕自身でしかなく、男性を好きになることは無いし、さらに言えば、女性性に惹かれているのだから、あざとい女子がタイプでもある。

 いつかは、女の子に見えない瞬間がやってくる。

 それはあたかも、聖歌隊にいた事のある美少年のようなもので。

 僕は今一番怖いのは、他人に馬鹿にされることでも、性愛が変わることでも、容姿が男になることでもない。

 あざといがに変わることがおそろしい。そのとき、僕は正義でいられなくなる。

 喉仏を守るように隠す、真っ黒の鎧に身を包んだ、その女の子風の青年は、もう来年にはネットにすら姿を見せなくなるのかもしれない。

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だってオトコノコだもんっ。 綾波 宗水 @Ayanami4869

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