第2話

「彼女、ほしくないのか?」

 斉東がそうやって聞く時は、べつに話題がないので、からかいながらも、僕の心境などを聞き出そうと考えているのが大半だ。なので、僕だってむきになる必要もないし、親戚に聞かれている程度の受け答えで充分だ。

「良い人がいればな、お前こそどうなんだよ。もうすぐ高3だぞ」

「俺はほら……」

 答えに窮しているというより、いろいろと彼なりの想いがあるような表情だったので、そこにはこれ以上触れず、彼のドーナツを横取りすることで、その場の空気を変えた。

 僕はほぼ一年間、学校へは行かなかった。一年生だった頃のある日、別にコンビニに行くだけだし良いかと思って、目元のメイクだけほとんど落とさずに外へ出たところ、隣のクラスの女子に見られていたらしい。僕はその子とは面識がなく、気づかなかったが。女子なので、遠目にも同級生が化粧をして歩いているのに目ざとく分かったらしく。翌朝、僕は学校に居場所を失った。一応、保健室登校という措置にはなっているので、テストも受けているし、勉強も斉東こいつに教えてもらってる。


 あの時、僕は否定していれば、単なる見間違いと言い張ればよかったのかもしれない。幸いにも写真を撮られた訳じゃないのだから。それにいじめに遭ったとも思っていないし、実際、被害と呼べるような出来事は何も無かった。

 ただ、僕は鏡の中の男の娘を守りたかった。それがクラスの中でのを意味しようとも、僕だけは僕に優しくしてあげたかった。もしかすると、そんな気持ちが知らぬ間にあったから、目は口程に物を言うではないが、目元だけを男の娘モードで外へと出てしまったのかもしれない。


 それからはバイト三昧だった。ともかく僕という存在はDVDとブルーレイの山に埋没していき、その分だけ男の娘のあざとさが増してゆく。あざとさは努力でしか得られない。中学生の時に一番最初に始めたのは、両手でくしゃみを抑えるという、何でもない仕草ではあるけれど、とにもかくにも男性性から離れていこうと意識しだした。それはつまり、僕から心のオトコノコを解放してあげたかった。

 学校との橋渡し役に斉東は未だになってくれている。修学旅行へ誘ってもくれているが、きっともうすぐ彼自身も愛想をつかすだろう。その時こそ、今の僕を知っている人間は親の他にはいなくなると思う。教師にとってはいわゆるLGBTの一種に思われているので、そう易々と対応しかねる様子。だからといって、教育委員会に挙げるほど事を大きくしたくもないだろうし、僕だって何かを望んでいるわけじゃない。学校という富国強兵システムにおいて、男の娘は腫れ物のようなものだったということだ。べつにそれでいい。

「もうウィッグ無しでも十分よさそうじゃないか?」

「なんだよ、よさそうって」

 あくまでも男の娘のつもりなので、中性的であるのを意識してきた僕は、系統として少しゴスロリとは言っても、スカートなどを履いたことは無いし、ウィッグもショートボブくらいのもの。学校での体育などに参加しないことによって、襟足を伸ばしても支障がなくなり、女子と比べればまだまだ男の髪型ではあるけれど、確かにもう地毛で楽しんでいる。

「いや、眼帯でもつければ、もう女子だろ」

「露骨に言ってくれるな、二人きりで」

「いくら俺がモテないからって、同性の親友には手を出さんぞ」

「はいはい……」

 こっちだって受け入れられるかよ。……絶対にクローゼットは見せない。

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