第4話


 「あなたも狭間に来たのですね」


 「狭間…?」


 「ここは霧の世界。現世と現世を結ぶ境界線です」


 「現世と現世…?俺は死んだのか?」


 「いいえ。少なくとも、まだ」


 「どういうことだ」


 「あなたは今生と死の間際にいる。それだけは確かです」


 「生と死…?」


 「この狭間に来たものは、皆さんそういった方達です。この世界に留まるものたちもいます。死ぬのが怖く、どうしても前に踏み出せないのです。あなたはどうですか?」


 「死ぬのが怖い?」


 「ええ。ここに辿り着くものは皆、「死」を間際に控えているものたちです。この霧を越えた先には、何もありません。——何も。その現実を受け入れることができずに、留まろうとする者がいるのです。あなたは、死ぬのが怖いですか?」


 「それは…」



 死ぬのが怖くないものなんていない。


 そう思うことに、少しも疑念はなかった。


 事実、俺も怖かった。


 操縦桿を握るあの間際まで、足が震えていた。


 ただ、思ったんだ。


 エンジンの始動音の向こうで、ゼロの機体が揺れる。


 ガタガタと鳴り響く振動と、ガラス越しの世界。


 勢いよく空に飛び立ったあの時、もしかしたら、「明日」にたどり着けるかもしれないと思った。


 これから戦地へと向かう自分が、どういう状況に置かれているかがわからないわけではなかった。


 それでもなぜか、強烈に沸騰する感情があった。


 「空」が近かった。


 「青」が近かった。


 視界は遥かに良好だった。


 遮るものは何もなかった。


 どこまでも飛んでいける気がしたんだ。


 翼を広げて。


 たとえ戦地から、帰ってこれなくなったとしても。

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