第8話


 亡霊は指を指し、霧の奥へと進む勇気はあるか?と聞いていた。


 その問いに答えることはできなかった。


 何が待ち受けているのかもわからない。


 どこに続いているのかもわからない。


 そんな感情のそばに、とめどなく流れる懐かしい記憶があった。



 そうだ。



 昔父と一緒に、町の河川敷でキャッチボールをした。


 俺が子供の頃のことだ。


 赤茶けた夕日が川橋の向こうに染め上がって、ゆっくりと流れるいわし雲が、なだらかな地平の上を泳いでいた。


 父の顔がぼやけて、いつも思い出せない。


 開戦後、警察官だった父が海軍志願兵として出征してからは、母の実家の郡山町(現鹿児島市)に移り住んだ。


 父は帰ってこなかった。


 父親のいる家庭がうらやましく、誰もいない部屋に向かって「お父さん、お父さん」と呼びかけたこともあった。


 誰かに会えなくなることが怖かった。


 明日が来なくなることが怖かった。


 絶え間なく揺れる防空壕の中で、いつか世界が壊れてしまうんじゃないのかと思った。


 土の焦げるような強烈な臭いが、爆撃機の飛ぶ夜の淵にあった。




 父がいつか帰ってくるかもしれない。


 そんな淡い期待が、家族の中にはあった。


 俺もそうだった。


 世界のどこかで、まだ生きているんじゃないか?


 飛行機が壊れて、帰ってこれなくなっているだけなんじゃないか?


 だから時々夢に見ていた。


 夕日に照らされて、顔が見えなくなっている父を。


 

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