第9話


 一体いつからだろうか?


 何かに期待して、夢中で空に手を伸ばすようになったのは?



 枕元の防空ずきん。


 電球の傘に覆われた風呂敷。


 畑で育てた芋を入れた「からいもご飯」。


 仏壇近くの床の間に置いた、——壊れかけのラジオ。



 霧の向こうに行けば、父に会えるのか?


 亡霊は答えなかった。


 「誰」かに会えるのは、明日の世界のように決まっていない。


 ただ、信じることだけが、確かな時間を連れてきてくれる。



 ——そう言うだけだった。



 足を一歩前に踏み出した時、ぶ厚い霧の層が水面を揺り動かしたように震えた。


 視界はどんどん悪くなっていった。


 頬に触れる空気も、足の底に触れる地面の感触も、少しずつ冷たく、遠くなっていく。


 自分が今どこにいるのかも、どこに向かって歩いているのかもわからない。


 それなのに少しも迷いがなくて、自然と前に進んでいける自分がいた。


 誰かに引っ張っられてるような感じだった。


 サーッと、下り坂を走る。


 そんな感覚が、ひたすらに“近く”。




 涼しい向かい風がサッと吹いて、白く覆われた世界が晴れたのは、しばらく経ってからのことだった。


 コトコトとやかんが揺れる音がして、「拓海、ご飯よー!」と、近くで呼んでいる声がする。


 見たこともない部屋と、得体の知れない白い物体。


 呆気に取られながら、カーテンを開いた。


 そこには、鮮やかな世界の色と、背の高い建物が見えた。


 朝露に煌めく街の景色が、そこにはあった。

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真夏のサイレン 平木明日香 @4963251

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