真夏のサイレン

平木明日香

ある零戦飛行隊員の手記

第1話


 

 あの夏の日。


 俺は太平洋の海辺の上にいた。


 雲の上を走る零戦。


 塔のように聳える積乱雲の峰。



 空を見上げることに怖さはなかった。


 いつだってそうだ。


 朝起きれば、今日も空が晴れると信じていた。


 雨は、いつか止むものだと感じていた。


 グラウンドに響くサイレンの音。


 その、——向こう側で。



 お母さん。


 これから俺は、行ってきます。


 遠い海の彼方へ。


 夏の空の向こうへ。


 どうか、挨拶もせずに行くことを許してください。


 あなたの元に生まれてよかった。


 あなたの息子でいられてよかった。


 遠い昔に夢見た記憶を背に、飛んでいきます。


 明日またどこかで、お会いしましょう。


 雨上がりの街の、空の下で。



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