第3話
白くて、何も見えない。
濃い霧の向こうに飛び出たのは、茫漠とした意識の果て、何秒とも何時間ともわからない時間感覚の“果て”だった。
霧の向こうに広がる空には、無数の飛行機が飛んでいた。
音のない世界だった。
雲も、地面も。
ただ、青い世界が続いている。
はるかに遠く、はるかに近く。
まるで、すべての色が解け合ったかのような鮮やかさだった。
視界の中に映る、「水平線」は。
それからどれくらい飛んでいただろう。
気が遠くなるほどの陰鬱とした時間の流れの中で、微かな光が見えた。
——光?
それは日差しのような鮮やかな色彩を帯びたものじゃなかった。
かといってぼんやりとした、水彩画のような曖昧な「質感」を帯びたものでもなかった。
不時着した零戦の機体と、霧に覆われた土地。
気がつけば、そこに「空」は無くなっていた。
無数に飛んでいた飛行機は、海辺の波打ち際に整列するように並んでいた。
翼が折れているものもあれば、機体が潰れているものもあった。
どれもこれも不時着したように、穏やかな波のそばで“倒れていた”。
どれくらいの時間が経っただろう。
白い砂浜。
色のない大地。
歩く。
ただひたすらに歩く。
そこに景色という景色はなく、ただ、物静かな平穏だけが、世界の全てを覆っていた。
俺はいつ飛行機を降りたのか?
一体ここはどこなのか?
そんなことがうつらうつらと視界の中にチラついても、ただ、どうしようもなく動いていく足だけが、乾いた地面の上にあった。
…しもし
もしもし
声。
それがどこから聞こえてくるのかはわからなかった。
耳元に届く仄かな振動。
それでいて遠い、限りなく沈黙に近いノイズ。
霧の中に現れた白装束姿の「誰か」は、顔を持っていなかった。
…いや、それどころか、その「人」が男か女かさえわからなかった。
得体の知れない気配が、旋風の如くさっと足元に駆け抜けていった。
人である。
「誰か」である。
それだけはどこかぼんやりと感じられた。
不思議と、怖さはなかった。
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