家族バイアス

「まあ、誘拐事件の回想はこんなところか」


「解決してない問題が多すぎよ」


「言うなよ、気が滅入る」


 あの忌まわしい誘拐事件は、一見すると解決したかのように見えるが、実際には何一つ終わっていないというのが現状だった。事務所にとって大きな戦力であるライバー2人とスタッフ2人を欠いたダメージは計り知れない。


 トレちゃんと蘭月はテロリスト撲滅のために世界中を駆け巡っており、まともに連絡すら寄越さない。いつ帰って来るのかの見通しさえ立たない状況に、溜息をつかずにはいられない。あの2人に限ってもしもということはないだろうが、それでも心配は尽きない。

 トレちゃんがアメリカに飛んで行ったことで、真っ先に再起動するはずだったbdも、様々な事情から復活が後回しにされてしまっている。

 フランクリンに至っては、キャロルの話では既に別の任務に回されているらしく、こちらに戻って来られるかどうかは極めて怪しいという。


 そういえば、俺がフランクリンのその後についてキャロルから聞いたのは、あの誘拐事件のあった2日後のことだった。

 誘拐事件のあった直後、俺はアメリカ側の情報を得るためだけに、まだ1次選考が途中であるにも関わらず2次選考である通話面談を設定したのだ。薄暗いオフィスの中、パソコンの画面に浮かぶキャロルの顔を見ながら、俺はその時のことを思い出していた。


「そういえば、事件の次の日に1次選考突破のお知らせのメールが来て、2次選考を明日に行うから都合の良い時間を教えてくれって言われたのは、さすがに驚いたわ」


 キャロルも同じことを思い出していたらしく、どことなく複雑そうな心境を顔色に浮かべながら、金髪の毛先を指でクルクルと弄ぶ。


「あの時は俺も焦ってたからな。少しでも早くトレちゃんの情報が欲しかった。お前がアメリカに送り帰されてるかも知りたかったし」


「でしょうね。私もそれは分かってたから、仕方ないと思ったわ。でも通話面談の時にその話ばかりってのもね。もっと私に興味を持って接して欲しかったわ」


「ほんとすまん」


「別にいいわよ。この間の面接の時はちゃんとしてくれてたし」


 ちゃんと……ね。

 実際面接の時には、もう七椿すらも居なくなってしまってたので、俺的にはほとんど崖っぷちの精神状況だったのだけれども。その後に瑠璃のセルフ卒業が飛び込んで来て、ノックアウトさせられた感じだ。


「あ、それで気になったのだけれど、ちょっと良いかしら?」


「なんだ?」


「VTuberオーディションの通話面談って、普通はどんなことを聞かれるものなの? 私の時がアレだったから、余計に気になってしまって。差し支えなければ後学のためにも教えてもらえないかしら」


「そうだなぁ……好きなことについて30分くらい語ってもらったり、書類選考に書かれていたことについて深掘りして聞いてみたりとか。トーク力や喋り方とか、配信者としての適性を見ていく感じだな」


「ふーん、そんなことでいいの?」


 まあ、キャロルならまともに2次試験を受けても楽勝だっただろうな。多分。


「ねえ、1期生のメンバーは、通話面談の時どんな感じだったの?」


 さり気なく、キャロルが1期生どもの当時の様子を聞き出そうとしてくる。

 全然興味なさそうな感じを装ってるが……。


「聞きたいか?」


「いいの!?」


 途端に身を乗り出して瞳をキラキラさせるキャロル。

 分かりやすいやつである。


「うっそーん」


「は?」


 あ、やべ。割とマジでキレてる。

 冗談じゃん。場を和まそうとしただけなのにそんなに怒らなくても……FMKだとこんなの日常茶飯事ですよ。


「いや、あれだよ、やっぱ本人の許可なく選考の時の様子を教えるのはよくないからな」


「……まぁいいわ、1期生の話は本人たちからいくらでも聞けるもの。私が最終選考に勝ち残ったあとでね」


 なんとか矛を収めてくれたようだ。

 コイツ、1期生のことになるとムキになる節があるから、そっち方面ではあまりおちょくらない方が良いな。

 というか、


「キャロルは本当にFMKのことが……いや、1期生のあいつらのことが好きなんだな」


「……………………そうよ、悪い?」


 たっぷり間を空けてから、キャロルが素直に白状する。

 白状と言うか、そんな事実はオーディションの審査員である俺にはとっくの昔に知られてしまっているから、ムキになって隠す意味がないというだけか。


 この場に鞍楽やララ子や七八十なんかが居たら、恥ずかしがってまた隠そうとするに違いない。

 別に隠す必要ないのにな。たまに言動に好きが滲み出ているので、あまり隠せているとも言い難いし。

 

「Mr.代表。私の自己PR動画はオーディションが終わったら消しておいて」


「えー、別にそこまでする必要なくないか? 俺はアレを見て、お前の1次選考合格を決めたのに。熱いハートが伝わって来たぞ? 自己PRなのに、あそこまで1期生への愛を語れるのって逆に――」


「シャラップ! 口は災いの元よ」


 世間体かプライドなのか、それとも自分のキャラじゃないとでも思っているのか。

 普段は自信満々で堂々としているくせに、変な所で自分を曝け出すことをイヤがるんだな。

 逆説的に考えるなら、それだけキャロルがFMK1期生のことを特別視しているのだとも捉えることが出来る。


 特定のVTuberないし配信者を盲目的に崇め奉るリスナーというのは、意外と何処にでも存在しているものだ。キャロルの場合、その信仰の対象がFMK1期生だったというだけのこと。


 キャロルが抱くその感情が憧れなのか崇拝なのかまでは知らない。でもキャロルは、あの無軌道なバカたちと肩を並べるために、遠路遥々海を越えて2期生オーディションに応募してきたのだ。

 その気持ちに嘘偽りがないということだけは分かる。


「わりとマジで隠さなくてもいいと思うけどな。俺がお前をここまで残した最大の理由がソレなわけだし」


「……私が嘘を吐いてるとか思わなかったの? 受かりたくって、FMKに媚びを売ってるだけかもしれないじゃないの」


「それはない」


「なんで断言出来るのかしら」


「分かるんだよ、俺には。……俺は自分が空っぽだから、そんな自分と比較して他者が本気で何かを好いているのかどうか、夢を持っているのか、やりたいことがあるのか、そういうのがなんとなくだけど分かるんだよ」


 こんなことを言うと、また七椿にビルゲイツの言葉を引用して窘められそうだけどな。


「それ笑うとこ?」


「笑いたきゃ笑え」


「HAHAHA」


 キャロルがアメリカンな笑い方で俺を嘲笑してくる。

 この野郎。


「実を言うとな、お前以外にももう1人だけ、FMK1期生が本気で好きってやつがいて、そいつも最終選考まで残ってるんだよ」


「キャラ被り……ってコト? じゃあ私とそいつのどっちかが落ちるわね」


「そういう戦いじゃないし、キャラも言うほど被ってない。むしろ性質的には真逆っていうか……まあ、そのうち会うこともあるだろ」


「愛なら私の方が上回ってる自信はあるわ。テロリストに誘拐される危険があるのに、大統領であるパパの反対も押し切って日本に居座り続けてるのよ? FMKのためだけに」


「それは確かにすごいけども」


 そうなんだよなぁ。

 10月末の誘拐事件の後、てっきりキャロルはアメリカに連れ戻されるものかと思っていた。

 ってか普通はそうなる。大統領の娘が誘拐されたのに、無事だったから良かったねでは終わらないだろう。2度と同じ事件が起きないように、事件直後からしばらくは護衛でもつけて謹慎させるのが当たり前というものだ。


 しかしキャロルはそうしなかった。

 俺がセッティングした通話面談に普通に応じてくれたし、その通話面談でまだ日本に居て、しかも護衛もなにも付けていないと言ってきたのだ。

 ハッキリ言ってどうかしている。


「その結果が2度目の誘拐だったワケだけども」


「無事だったのだから良いじゃない。あのテロリストがパパに連絡しようとしたときは焦ったけどね。ブラフで良かったわ、ほんと」


 2度目の誘拐の目的は忍者を誘き出すことだったからな。

 結局ドレイクは大統領にキャロルを誘拐したことを伝えなかったのだろう。


「パパは過保護過ぎてウザいのよね。私の進路にもすぐ口出ししてくるし。いつまでも子供扱い」


「過保護ったって、子供のことを思っての行動だろ? うちの親父なんて、子供が親の言いなりになるのは当たり前だって思ってるからな。で、逆らった時だけなんか言ってくるけど、それすら人を使ってだぞ。自分の子供のことなんだから、ちゃんと直に会って話せばいいのに」


 キャロルの父親をフォローしたつもりが、途中から俺んちの愚痴になってしまった。そんなつもりはなかったのに。ついやってしまった。

 なんとなく気まずくなって黙り込んでしまう。親の話はダメだな。不愉快な気持ちにしかならない。


「ねえ、Mr.代表。今の内に言っておきたいことがあるのだけれど、良いかしら?」


「……なんだ?」


「昨日からMr.代表とこうして話をしていて分かったことがあるの」


 キャロルの琥珀色の瞳が真っ直ぐに俺を射貫く。


「貴方は、家族の話になると急にバイアスが掛かって、正常に物事を見れなくなる」


「そんなことな――」


「そんなことある」


 即座に否定を試みたところ、食い気味に否定を否定されてしまった。


 家族のことになると俺がなんだって?

 バイアスが掛かる?


 バイアスってのはアレだ。

 先入観だの偏見だの色眼鏡を通して物事を見てしまうってことだ。

 なるほどね。


「そんな変なバイアスはかかってない。俺は、俺の家族のことを誰よりも深く理解してるよ」


「そういうふうに思い込むのは危険よ?」


「思い込みなんか1ミリたりともない」


「そうかしら? とてもじゃないけど私はそうは思えないわね」


 キャロルはより一層鋭い眼差しをぶつけてくる。

 俺も負けじとキャロルを睨み返した。


「家族でもないお前に何が分かるんだよ。瑠璃のことも、あの人たちのことも、お前は何も知らないくせに」


「随分とムキになって否定するのね。図星だったかしら」


「煽るなよ、それにムキになんかなってない」


「なってるわよ?」


「……」


 ムキになってない。

 ただちょっと、見当違いのことを言われたのでムカついてしまっただけだ。


 こんなことでキャロルと言い合いになるのは面白くない。それがたとえ、あっちから仕掛けてきた喧嘩だとしても。俺は一度深く息を吸って気持ちを落ち着けた。


「……で? 結局お前は何が言いたいんだよ」


「私のスマホが戻ってきたら、知り合いに調査を依頼しておいた薙切ナキ……貴方の妹の居場所が分かると思うわ。そうなったら、貴方はいよいよ家族と対峙しなくっちゃいけなくなる。妹だけじゃなく、下手したら両親ともね」


「それで? 先入観を捨ててあの両親と話し合えとでも言うんじゃないだろうな」


「その通りよ」


「話しにならねえよ」


 この話にならねえよは、両親と俺とじゃまともな対話が成立しないという意味と、キャロルの言ってることが議論に値しないという意味での、二つの意味での話しにならねえよだ。我ながら見事なダブルミーニングである。

 聞く耳もつつもりがない俺に、キャロルは苛立たし気に息を吐いた。


「人の家庭問題に首を突っ込むつもりはないけど――」


「じゃあ突っ込まないでもらえるか。シャンクスだって首を突っ込むなって言ってるよな、親子喧嘩には」


「シャンクね」


「シャンクス複数人説やめろ」


「エーね」


「エース複数人説もやめろ」


 ナチュラルに脱線した。

 軌道修正。


「勿論、親父やお袋と話し合うつもりはある。だけどな、悪いが先入観を捨てろってのは無理な話だ。そもそも俺のあの人たちに対する評価は、至極真っ当で順当で妥当だ。お前もちょっと話をしてみれば分かる」


「はぁ……分かったわ」


「分かってくれたか」


「ええ、Mr.代表がとても頑固だってことが良く分かった」


 俺は我慢出来ずにとうとうキャロルから視線を逸らした。

 やってられねえ。そっちこそ俺を色眼鏡で見てんじゃねえか。


 そうして今度こそ静かになった事務所だったが、すぐにその静寂は終わりを迎えた。


 コンコン


 と、ノック音が鳴り響く。


「ニンジャが帰って来たみたいね」


「……そうだな」


 もしくは下で飯を食ってたララ子だろうか。

 いや、ララ子ならノックなんかしないだろう。


 ……それを言ったら七八十もノックをしないで入って来そうな感じはするが。


 コンコン


 もう一度ノックが鳴った。


「どうするの?」


 キャロルが小声で囁く。

 扉の外に居るのが七八十やララ子である確証はない。

 もしかしたらまたテロリストかも。


「とりあえず物陰に隠れよう」


 2人でソファの裏に身を隠す。


「それから?」


「入ってくるよう呼びかける」


「大丈夫なの?」


「最悪窓から飛び降りよう。2Fだし死にはしないだろ。そんでララ子を回収してUFOで逃げる」


「OK」


「じゃあ呼ぶぞ……どうぞ! 鍵は開いてるぞ!」


 ドアの外にも届くように大声を出す。

 少し間があってから、ガチャリと音を立てて扉が開いた。


「失礼しまーす……」


 随分と控えめな声と共に、来訪者が事務室へと入ってくる。

 来訪者は女の子だった。地味な感じの、平々凡々な空気のどこにでもいそうな女の子。


 その子を先頭・・に、後からぞろぞろと何人かが入ってくる。

 来訪者は1人じゃなかった上に、七八十でもララ子でも鞍楽でもなかった。


 しかし、来訪者たちは、七八十やキャロルと共通点のある人間たちだった。

 俺は、彼ら彼女らを知っている。


「お前ら……どうしてここに?」


「うわっ、びっくりした。どうしてソファの裏に隠れてたんですか?」


 先頭の女の子が、なんの面白味もない普通のリアクションで俺の行動の意図を聞いて来る。正直に答えるわけにはいかないので、そこははぐらかすものとする。


「あー……ソファの後ろにスマホを落としたから拾ってただけだ」


「そうなんですか」


 普通の受け答えすぎて逆に新鮮味さえある。

 と、俺がしょうもない感想を抱いていると、まだソファの裏で屈んでいるキャロルが脛を小突いてきた。もうあっちからも見えてるだろうから、隠れてる意味はないのに。


「誰なの?」


 キャロルの問いはシンプルだ。

 彼ら彼女らは、キャロルがまだ知らないだけで、彼女と同じ立場にある謂わば仲間のようなものだ。仲間と言っても、今はまだ当人たちにその自覚も資格もないのだが。


「コイツらは、オーディションの生き残りだよ」


「え? それじゃあ私と同じ?」


「そうだ。FMK2期生の予備軍だ」

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VTuber事務所《FMK》 ~宝くじで10億当たったからVTuber事務所作ったらやべえ奴らが集まってきた~ へいん @heinz

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