長い坂を転げ落ちるように

 キューブを所有していたおかげで、俺達はとんだ災難に襲われた。

 一鶴は誘拐され、事務所は襲撃され、もう2度と戦わせるような真似をさせたくないと思っていたトレちゃんと蘭月に戦わせてしまい、挙句にbdも機能停止されてしまった。


 俺はこの一連の事件に関して、全ての責任はキューブを狙うテロリストたちにあると考えていた。多分一鶴だって蘭月だって、他のみんなだってテロリストが悪いと思っているはずだ。

 でもその中で、トレちゃんだけは違う考えを抱いてしまっていた。


 全ては、キューブをFMKで引き取ると言い出した自分が悪い。


 身体能力だけはスーパーヒーロー並みのクセして、メンタルがハムスターレベルで弱々なメイド仮面は、今回の事件は自身の浅慮が招いた結果だと勝手に結論付けてしまったのだ。


「bdはもうFMKの仲間だから、キューブを手放す選択肢は有り得ない。しかしキューブを持っていれば、また直ぐにでも同じような事件は起きてしまう。だから彼女は、キューブを狙うテロリストや組織を片っ端から潰す道を選んだ」


 ダイソンが、トレちゃんの心中を代弁する。

 トレちゃんが本当にそう思っているのかは定かではないが、トレちゃんならそんな極端な結論を導き出しそうだという納得もどこかにあった。


「メイド仮面は我々に協力を申し出て来た。アメリカ政府が目を付けているテロ組織の情報を全て提供して欲しいとな。もし協力してくれたら、政府の代わりにテロ組織を撲滅してくれると、彼女はそう言っていたよ」


「それで、トレちゃんに情報を渡したのか?」


 返答の分かりきっている俺の質問に、ダイソンが嘲笑で返事をする。


「フっ……彼女の戦闘能力は我々も一目置いている。彼女なら近い将来、アメリカの敵を全て排除してくれるだろうな」


 最悪な形でトレちゃんとアメリカの利害が一致したってことか。


「フランクリンは? アイツはトレちゃんの付き添いか何かか?」


「フランクリンは今回の一件で、この任務を任せておくには能力不足だという判断に至った。というか、もうキューブはここにないのだから、監視も目も必要ないだろう? 君たちもその方が喜ばしいんじゃないかな?」


「喜ばしいっちゃ喜ばしいけど、フランクリンはあれでも貴重なうちの戦力だったんだけどな。辞めるなら1ヶ月前には相談するのが日本だと当たり前なんだが」


「おっと、それは失礼。次からは気を付けるとしよう」


 このオッサン……次なんてもうないがなって言いたげな顔で笑いやがって。

 まるでもう2度とキューブがFMKに戻って来ることがないとでも思っているかのようだ。

 いや、アメリカ的にはこのままなし崩し的にキューブを取り戻したいのだろう。


「つまりなんだ、アンタらはフランクリンの退職代行と、トレちゃんの行く先と目的を教えてくれるために、わざわざここに来たってことか?」


「そういうことだ。後からクレームを付けるためだけに、この間のようにホワイトハウスに乗り込んで来られても国のメンツに関わるからな。そのための報告だったわけだ」


 そう言われると何も言い返せない。

 トレちゃんと蘭月がお仲間を引き連れてホワイトハウスに乗り込んだ件に関しては、俺としてもわりと申し訳なく思ってたところだし。


「ちなみにだが、彼女を追うなら早くした方がいい」


 七椿が淹れてくれたお茶を綺麗に飲み干したダイソンが、そう付け加える。


「今はヴァレンタイン博士を訪ねるためにアメリカに向かってるが、用事が済んだらすぐにでもウジ虫の駆除に出掛けてしまうだろうからな」


 そんな助言めいたことを言い残して、ダイソンが席を立つ。


「我々もそろそろ撤収させてもらう。キューブがないのなら、もうこんな場所に用はないしな。テロリスト共も、キューブがここにないと分かれば襲ってくることもなくなるだろう。まあ、昨夜のうちに過激派集団はほとんど一掃されたようだがな。メイド仮面は大したものだよ、全く」


「あれだけあちこちで大暴れして、情報漏洩とかは大丈夫なのかよ」


「昨日は10月31日だぞ? 気付いてなかったのか? 昨日の騒動は全部バカのとんちき騒ぎということで片が付いてる。これほど隠蔽工作が楽な日は他にはないさ。まあ、だからこそテロリストどもも昨日に行動を起こしたのだろうが」


 ……そうか、昨日はハロウィンだったか。

 ならこっちもトレちゃんや蘭月が街中で大暴れしたことについて、余計な風評被害を心配する必要はあまりないかもしれないな。


 世間的には昨日の一件はハロウィンのイベントの一環ということで処理されるのだろう。

 裏で本物のテロリストと超人チャイナ服やメイド仮面が戦ってたなんて、一般人は知る由もないはずだ。

 FMKがテロリストの標的から外れたということも含めて、ようやく一安心出来た。

 あとはトレちゃんとbdが帰って来れば万々歳なのだが……。


「では、さらばだ。もう会うことはないだろう」


 CIAの職員たちが背を向けて事務所から出て行く。


「チョット待つネ」


 しかしいつの間にかドアの外で待ち構えていた蘭月によって、ダイソンたちは足止めをされてしまった。蘭月は大胆に片脚を上げ、つっかえ棒のようにダイソンたちの進路を妨害している。チャイナ服のスリットからパンツが丸見えだ。


「おい、蘭月。暴力は振るうなよ」


「そんなつもりじゃナイアル」


「ではどういう用件で行く手を塞いだのかな」


 ダイソンと蘭月が至近距離で睨み合う。

 一瞬だけダイソンの視線がパンツに向いたのを、俺は背後からでも見逃さなかった。


「オマエラ、これからアメリカに帰国スルんダロ?」


「そのつもりだが」


「じゃあワタシも連れてイクアル」


 蘭月が俺の許可もなしに勝手なことを言い出した。


「蘭月、お前までどうして……」


「トレインのバカを連れて帰るタメアル。ワタシ以外にアイツを追えるニンゲンはこの世にイナイダロ?」


「そりゃそうかもしれんが……」


 責任を感じて無茶な道を選んだトレちゃんに追従出来るのは、世界広しとも言えど蘭月くらいなものだ。それは俺も分かっている。

 気に食わないのは、この展開になるようにダイソンが誘導したような節があることだ。


「いいとも、是非歓迎しようじゃないか。付いて来るといい」


 その証拠に、ダイソンは満面の憎らしい笑みで蘭月が同行することを許可していた。


 わざわざこんな場所まで来て、懇切丁寧にトレちゃんがどこに消えたのか説明してくれたのは、最初から蘭月をもFMKから引き離すためだったのではないだろうか。

 そう思うのは、俺の考えすぎなのか。


 その答えは今の今まで分からなかったが、結局蘭月はその後現在の時間軸に至るまでFMKに帰って来れていない。それだけが確かな事実だ。


 ■


「考えすぎじゃないわよ」


 誘拐事件の回想も終わりに差し掛かった頃合いで、キャロルが俺の考えにお墨付きを与えてくれた。


「ダイソンの狙いは、恐らく最初からランユエマネージャーにステちゃんを追わせることにあったんじゃないかしら」


「というと?」


「簡単な話よ。ステちゃんだけじゃなくて、ランユエマネージャーも戦地に送り込めれば、アメリカの敵をより手っ取り早く排除出来るでしょう? だからダイソンは、あえてMr.代表たちに情報を与えることによってランユエマネージャーの行動を誘導した。強力な戦士を遊ばせておくのは勿体ないものね」


 蘭月やトレちゃんのような超戦士を戦わせないのは、人類にとって大いなる損失ってか?

 それはいつぞや密林配信において、北巳神と議論した内容を彷彿とさせる考え方だ。


 ダイソンたちはトレちゃんや蘭月のことを、戦士か兵士か、はたまた便利な戦いの道具くらいにしか思っていないのだろう。酷い話もあったもんだ。


「どんだけ強かろうが、トレちゃんがなりたいのは戦士でも兵器でもないんだよ」


「そうね。私から言わせたら、あれだけの才能を戦うためだけなんかに使う方がよっぽど勿体ないわ」


「……だな」


 自分が何者なのかは自分自身で決めるべきだ。トレちゃんはもうそれを知っているはず。

 でも彼女にとって、問題解決におけるプロセスで最も安易でイージーだったのが、暴力による敵の排除だったのだろう。だから精神的に追い詰められたトレちゃんは、あっさりとそちら側の手段に頼ってしまった。


「トレちゃんが帰ってきたら、ちゃんと教えてやらないとな。暴力以外の解決方法ってやつを」


「問題は帰って来るのかってことだと思うのだけれど」


「そればっかりはもう蘭月が上手くやってくれることを祈るしかないな。1ヶ月も音沙汰ないが」


 トレちゃんとbdが休止してから、もう1ヶ月か。

 その1ヶ月の間に、まさか全ライバーが休止して、オマケにスタッフも俺以外全員居なくなるとは、あの頃は思いもしなかったが……。


 そう考えると、長かった回想もいよいよ下り坂だ。

 もう既に滑落して全身傷だらけって感じだが、ここから更に四肢がもげるくらいのイベントが連続することになる。

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