第36話 これで終わり

 あんなに勉強できるのは、幼い頃からの瀬里自身の努力だった。私は片親だけど、行事にはいつも来てくれていたので瀬里の寂しさは分からない。人から勝手に敵視されるのは、私も経験があるので辛さが分かる。


 最初あんなに完璧だと思っていた瀬里は、日々の努力と、幼い頃からの寂しさと、理不尽な辛さに耐えて生きていたんだ。私は、思わず瀬里を慰めるような、認めるような言葉を口にしていた。


「瀬里……良く頑張ったね。凄いよ。私には全部の気持ちが分かる訳じゃないけど、少しだけ分かるところもあるよ」


 そうして私の自己語りを始める。


「私ね、小学校とかで片親だってだけでからかわれたりネタにされたんだ。後一時期スッゴいお金がなくて、一日一食なんて日もあったんだ。今となってはただの思い出だけどね」


 最後まで話して、まるで自分が被害者ぶっていると感じた。こんなこと、いう必要なんて無かったと今更ながらに思う。


「ねえ瀬里。こんな私だけど……頼ってくれないかな」


 私も結構限界に近いものがあるのかもしれないと思いつつ話続ける。


「確かに、瀬里も悪いところあったよ。でもね、全部瀬里のせいじゃない。瀬里は瀬里なりに頑張ってるよ。偉いよ。凄いよ」


 瀬里は多分、何も悪くないとかを言うと逆に否定的な気持ちになると思い、あえてこの言葉を選んでみた。果たして、この言葉は瀬里にとってプラスになっているだろうか。


「だからこそ、その努力を消さないように、無くなさいように。これからに目を向けよ」


 漫画やアニメの主人公が言うような言葉だ。


「過去は変えられないよ。でも未来は変えられる。何回も使い古されてる言葉かもしれないけど、これは事実だから」


 これらの言葉は、全部綺麗事だ。自分でもそう思う。でも、私に言えることはこれしかなかったのだ。せめてこの言葉が瀬里に刺さってくれることを願う。そして、その願いが届いたようだ。


「ありがとう」


 かすかに、瀬里がそう言っているのが聞こえた。その言葉に、私も一緒に救われた気がした。


 あの後、私は怪異を殺す別の方法を教えた。何故そんな方法を知っているかというと、寝る時間を惜しんで調べて分かったのだ。ともかく、これで瀬里は大丈夫だろう。


 次の日、私は瀬里と一緒に行きたいがためだけに慣れない早起きをした。瀬里はいつも一番始めのバスで学校に行っているから、そのバスに間に合うように家を出る。もしかしたら今日はこの時間に来ないかもしれないけど、行ってみる価値はあると思い、勢いのまま行動する。


 勢いのまま行動したことを後悔したばかりなのに、私は変わらないままでいた。いつか、直せたら良いなと思い電車に揺られる。取り敢えず、今日は瀬里と何気ない話を沢山したい。


 駅までたどり着き、早足でバス停に向かうとそこにバスは無く、かわりにこの時間のバスが無いことが書かれた紙だけだあった。そういえば末兼先生が先週そんなことを言っていた気がするような……


 次のバスまで待っているかとも思ったが、丁度遠くに末兼先生がいることに気が付いた。向こうは私に気付いてなんていないが。おそらく出勤途中なんだろう。私は、瀬里と初めて話した日のように、スパイのような気持ちで後を追うことにした。


 どうせ行き先は同じ学校だ。何にも問題ないだろう。しかし念のため距離は開けていた。そうして追い続けて末兼先生が橋まで来た時、突然瀬里の姿が見えた。先に行ってたのかと思いつつ、もう一人男の人がやって来て、切羽詰まったような状況になっているようだった。


 この距離では会話の内容も聞こえないので、もっと近付こうと思ったその時、末兼先生が男の人に刺されたのだ。一体何が起こっているというのだろうか。そして瀬里はその場から逃げ出し、男の人はその後を追って走っていった。


 私は慌ててスマホを取り出し、百十番に電話をかける。そして状況を伝えながら走って末兼先生の元へ向かった。


「先生大丈夫ですか?! 先生!!」


 そう言って駆け寄ると、末兼先生は小さな声で"神出が危ない"と言っていた。確かに、あの男の人は瀬里を追いかけていった。何処に行ったのかと思い橋から見渡すと、河川敷に二人の姿が見えた。末兼先生には申し訳なかったが、私は急いで二人の方へ向かった。


 だが間に合わなかった。瀬里は、目の前で馬乗りになられて、心臓を刺されていた。必死に瀬里の名前を叫ぶ。何で? 何で瀬里はこうなってるの? やっと怪異を殺せるところだったのに。


 そばに駆け寄り、既に体温が消えかかっていることに絶望を覚えながら、瀬里を刺した元凶に視線を向ける。男の人はただただ呆然としていた。そして、何処か悲しさというか、後悔しているように見えた。お前がが殺したのに。


 その後、末兼先生は救急車で運ばれ重症ではあったが一命を取り留めていた。瀬里は……もう眠ってしまっていた。二度と覚めることはない。救急車の中ではギリギリ生きていたため、一応病院に運ばれはした。


 無理を言って同行させてもらった私は、目の前の光景を受け入れられずに、瀬里と二人でいた。そんな……そんな部屋に、突然瀬里のお母さんがやって来た。この病院で働いていたようで、話を聞いて直ぐに来たらしい。


 瀬里のお母さんは泣きながら瀬里に抱きついていた。やはり瀬里を苦しめたといえ、瀬里を大切に思っていたのかと思う。しかし、その様子を見た私は怒りに似た嫌悪の感情を抱いた。


 お前も瀬里を苦しめたのに。今見ている瀬里のお母さんが、被害者ぶっているように見えた私には、そう思わずにはいられなかった。しかし、そんな事は私を除いてこの先知る人なんていないんだろう。黒い感情が、私をおおっていく気がした。


 あの日から絶えずに悪夢を見るようになってしまった。もう何日たったのだろう。悪夢の内容は、得体のしれない黒い目のついた何かが、私に楽になれと言うのだ。黒い何かは、時々私の知っている人になる。そして、同じように楽になれと言う。


 そしてついに、その黒い何かは瀬里になった。


「ねぇ、柚。もう……終わりにしない?」


 瀬里の姿をした何かがそう言った瞬間、私は目が覚めた。外はまだ暗さが残っているが、私の意識はハッキリしている。そうだ、もう終わりにしよう。本当の瀬里はそんなことを言わないだろうけど、瀬里が言っているから。




 かくして怪異は死んだとさ。めでたしめでたし。




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ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

物語は以上となります。


厚かましいかもしれませんが、良ければ♡や☆、コメントをして下さると嬉しいです。

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怪異を殺した少女が一人 霧裂 蒼 @kaki-kama

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