第35話 ぶつけ合って
瀬里の後を追うことも出来ずもといた席に座り、また古文書と向き合う。しかし、どうしても視界がぼやけて続きが読めない。写真にすれば直るのだろうか。スマホで一枚だけ写真を撮ると、突然本をもった金原先生が教室に入ってきた。慌ててスマホを机の下に隠し、先程までの表情を悟られないように取り繕う。
「かっ、金原先生、突然どうしたんですか?」
「波切さんこそここにいたのか。……それは?」
その言葉に思わず心臓が跳ねる。スマホが見つかったかと思い金原先生の顔を覗くと、視線は古文書の方を向いていた。そして、少し低い声で私に言った。
「あれ、勝手に持ち出したやつだよな?」
何故分かったのだろうか。しかしスマホが見つかって没収よりはましだ。
「バーコードついてなかったので……持ってきちゃいました」
「持ってきちゃったじゃないだろう。今日はもう遅いし、古文書はこっちで預かるから早く帰りなさい」
金原先生はそう言って古文書を手に取ったかと思えば、元々持っていた本を司書さんに渡し、この教室を去っていってしまった。あの様子を見るに、後で呼び出されてお説教をされそうだ。
ふと、先程隠せたスマホのロック画面を見ると、金原先生が言っていたように遅い時間になっていた。スマホに写真を一枚撮っておいたおかげで、また家で解読することが出来るし……早く帰えろう。
次の日、瀬里は学校に来なかった。先生に聞いてみても理由は教えてくれず、その日はモヤッとした違和感が晴れなかった。帰りの電車で、昨日の瀬里の言動を思い出す。
何故瀬里は、あんなにも怪異を殺すことに否定的だったのだろうか。馬鹿な頭を一時間以上働かせる。そうして出た結論は、"瀬里が怪異に取り憑かれている"というものだった。今私が思い付くなかで、一番可能性があるのはこれだと思う。
そうすれば、瀬里の顔色が悪い理由も、あの態度も、全てつじつまが合う気がするのだ。となると、怪異に憑かれたのは、私があの廃寺に連れていったのが原因になるのかもしれない。他で取り憑かれた可能性がゼロというわけではないが、瀬里はそう言う場所に行くことはほぼない。瀬里にあんな態度をとらせたのも私が原因だ。もし本当に怪異に取り憑かれているなら、私は瀬里に死んでくれと言っているに他ならない。
あぁ、結局私のせいだったんだ。気付けば布団の上でそう自覚していた。私が感情に任せて行動さえしなければ、こんなことにならなかったかもしれないのに……。そう何度考えても仕方がないことに、次の日の朝になってから気付いた。
私が原因なら、私は私が出来ることを全力でしよう。怪異を殺す方法だって、あれ以外にあるかもしれない。私は希望を持つことにした。まだ終わりじゃない。まだ何か出来ると、そう信じて。
今週は一度も瀬里が来なかった。先生の会話を盗み聞きしたところ、家出したのか行方不明だという。本当にただの家出なんだろうか? 何かに巻き込まれたんじゃ? 勝手に騒いでも仕方がない。そう思った私は、瀬里の家まで行って家での普段の様子を聞くことにした。
土曜授業が無いのを良いことに、バイト代を使って、年賀状を送るために教えてもらった住所まで行く。たどり着いた場所には、回りに比べて少し大きな家が建っていた。表札を見るに、ここが瀬里の家だろう。
少し緊張しながらインターホンを鳴らす。すると直ぐに声が聞こえてた。聞いたことがない女の人声だ。
「……どちら様ですか」
「瀬里さんの学校の友達の波切です。瀬里さんの話は聞いています。少しだけ、少しだけでいいので話をさせてもらえませんか?」
噛まずに、落ち着いて答える。すると玄関の扉が開いて、瀬里と少し似ているお母さんらしき人が顔を出した。大分疲れがたまっているのか、少し酷い顔をしている。
「あのこが今何処にいるか知っているの?」
そう言う声は、知っているという言葉を期待しているように思えたが、私は謝罪も入れながら知らないと答えた。瀬里のお母さんは"そうですか"とだけ言い黙り込む。いつ、本題を話そうかと私がタイミングを見定めていると、瀬里のお母さんが話し始めた。
「あのこがいなくなったのは……きっと私のせいね」
その一言から、テストの順位で叱ってしまったことや、勉強をサボろうとしないように強く言い過ぎたことを話してくれた。しかし、正直言って違和感しか感じなかった。この人は強く叱ったりしたことに対して罪悪感を抱いているが、問題はそこじゃないとしか思えない。
何故そんなに勉強に執着するのだろうか。異常だと、そう思ってしまった。しかし、そんな瀬里のお母さんに対して、私は最後まで何も言えないままだった。帰りの電車で、そんな自分に対して怒りしかわいてこないほどに後悔もした。
日曜日、私は思い当たる場所に片っ端から向かい、瀬里を探すことにした。実を言うと放課後にも探していたのだが、時間が時間なので暗くてあまり探せなかったのだ。瀬里に似た人がいたら、片っ端から近付いて確認するを繰り返し、大分時間がたった。
そんな時、ついに見つけたのだ。交差点の向こう側にいる瀬里の姿を。嬉しさのあまり声が出てしまった。私は信号が青になった瞬間に走りだし、逃げようとする瀬里の腕を掴んだ後に、もう遠くへ行かないように抱きついた。本当に、無事でよかった。
「瀬里……私の話聞いてくれない?」
そう言って勝手に話を始める。じゃないと瀬里は聞いてくれない気がしたから。最後に会った時あんな別れ方をてしまったので当然と言えば当然かもしれないが。
「それにね! 怪異を殺す方法他にも見つけたの!」
瀬里を会話から置いてきぼりにしてしまっていたが、私は話すのを止めない。
「だから……」
「どうでもいい」
「えっ?……何で……」
予想もしていなかった返答に、思わずそう返してしまう。まさか本当は怪異に取り憑かれてなかったとか? しかし思い返せばそうだとしてもおかしくない。その可能性が一番高いというだけで、取り憑かれていると私が思っただけであるし。
「安心して。怪異はちゃんと殺すから」
その言葉で、瀬里が怪異につかれているのにどうでもいいと思っていることが分かった。さっきの考えは杞憂だったと思いつつ、私はその言葉を聞きたくなかった。瀬里は自殺するつもりだ。
「じゃあ……もういいから」
駄目だ。何とかして止めないと。
「なんで瀬里は最後まで聞いてくれないの?!」
私は小さな子供が駄々をこねるようにそう返す。瀬里は驚いて私の目を見つめてきたが、お構いなしに続ける。
「なんで瀬里はそんなに一人で溜め込もうとするの?! なんで頼ってくれないの?! 私達ってそんなちっぽけな関係だったの?!」
もはや怒鳴っているに近い言い方をした。それでも瀬里は反論をしてくるが、勢いと私の本心からの言葉で全て返す。そんなことを続けていたら、ついに瀬里も怒鳴り始めた。
「柚は私のこと何にも知らないでしょ!! 私に何があったかも知らないのに気持ちが伝わると思う? 思わないよね?! それなら、話す意味なんてないじゃん!!」
私の先程の言葉が本心だったように、瀬里の言葉も本心だと悟った。そんなに溜め込んでいたんだと、今になってやっと気付く。何でもっと早く気付いてあげられなかったんだろうと思ってももう遅い。
「そんなに私のこと知らないって言うなら教えてよ!話してよ! そうしてくんないとわかんないよ!!」
もうやけくそだった。ひたすら頭に思い付いた言葉を、そのまま口から出している。
「話したとしても全てが伝わる訳じゃない! なら、話した時間なんて無駄じゃないッ!!」
「無駄じゃないッ!!」
勢いに任せて否定する。
「何か一つでも言ってくれれば! 何か一つでも教えてくれれば! 私はそれを元にして共感したりできる! 相談にものれる! 瀬里が全部教えてくれれば! 私は全てでなくても、知らない時以上に相談に乗れる! これでもまだ駄目?!」
こんなネットのどこかに落ちてそうな言葉を並べてみた。しかし、自分でもこの言葉に完全に納得できる訳じゃなかった。瀬里の言うことも身に染みて分かるからだ。でも、今はこう言わないと、瀬里は離れていってしまうと、抱え込んだまま消えてしまうと思うんだ。
「幸せな柚には分からないよッ!!」
そんなことを考えているとは知らない瀬里はそう言った。私は瀬里から見ている幸せじゃないと言おうとした時、後から聞こえてきた瀬里の言葉に、私は苦しさを覚えた。
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