第34話 決別なんて
次の日、瀬里に会いたいという気持ちと一緒に学校へ行った。自分のクラスに行く途中に、瀬里の姿を見ておきたくて教室を覗くと、そこには男子と話している瀬里の姿が見えた。男子と話している場面なんてあまり見なかったから珍しいと思いつつ、瀬里がいるとわかって安心する。そろそろ自分のクラスに行かないと。
いつにもましてクラス内がとても騒がしかった。何かあったのだろうか。殺人とかの物騒なワードが飛び交っているし。まさか誰か例の連続殺人事件の被害者が出たとか? 気になって先に来ていたいつもの四人組に聞いてみることにした。
「おはよー! なんで今日こんなに騒がしいの?」
「おはよー。なんか隣のクラスのヤツが男の死体見つけたらしいよ」
「えっ、なにそれ怖」
至って他の人と変わらない反応をしているが、心臓は他の人以上に働いていた。昨日あんなことがあったのだ。もし、昨日見た男の人が死んだのなら、石をぶつけた私はどうなるだろう。その石の怪我で死んだのか。それとも、私と瀬里がいなくなってから誰かに殺されたのか。……いや、こんなこと妄想でも失礼だし、思いたくもないが、瀬里が殺したとか。
いや待て。落ち着け。まだ死んだ男の人が、昨日みた男の人だと決まったわけではない。そんな都合の良いことなんて早々ないだろうし、過度に心配しすぎなのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。
現実と妄想をしっかりと区別しないと、と思い一度大きな深呼吸をする。さて、今日からまたいつもの日常に戻るはずだ。そう信じて疑わず、私は一時間目の用意を始めた。
あの日から何日も経った十一月十五日、瀬里の顔色がだんだんと悪くなっている。大分前からそんな気はしていたが、今日久し振りに勉強会をして、お互い長時間正面を向き合って座ることで確信したのだ。
瀬里の目元には薄くはあるが隈が出来ている。そして心なしか暗い表情をしていた。私はその表情を何とかしたくて、先程あったことを瀬里に伝えてみた。
「そういえば……今日友達も一緒に来たがってたんだよね。瀬里から勉強教えてもらいたいって」
瀬里は静かに私の話を聞いてくれている。
「今日は瀬里を独り占め! って言って断っちゃったんだ」
そこまで言うと、瀬里は冷静に言葉を返してくれた。
「別に減るもんでもないから良いんだけど」
少し呆れたように言っている気もするが、少し、ほんの少しだけ暗さが薄れた気がした。直ぐに戻ってしまったが。そしてそのまま学校が閉まるギリギリまで勉強をする。
しかし、途中でめったに止まらない瀬里の手が止まっていたのだ。ふと顔を見てみると、先程よりも暗さを増していて、何かを思い詰めているような表情をしていた。何かあったのだろうか。
「瀬里……? 大丈夫?」
あえて触れないということも考えたが、ついそう声をかけてしまった。瀬里は、そんな私とは目を合わせず少し下を向いていた。
「大丈夫だよ。気にしないで」
「いやいや、気にするよ! 疲れてるなら別の日にする?」
そう言っても瀬里は勉強を教え続けてくれた。何が瀬里を苦しめているのだろうか。何か助けになりたい。最近始めたバイトなんかどうでもなるくらいにそう思った。
家に帰り、今日教えてもらった分を復習していると、自分の勉強机の端に古文書があることに気付いた。そういえば、これだけ返すのを忘れていたなと思い手に取る。その時、ふとあの"願いを叶える怪異"の存在が頭をよぎった。
もしかしたら、あの怪異についてしっかり読んでお願いすれば、瀬里を助けられるかもしれない。そう思い、久し振りに古文書を開いて内容を調べ始めた。出来るだけ早く内容を理解したいので、前回とは違い単語を断片的に調べて、最後に並べ替えるように変えてみる。
そうしているうちに定期テストが終わり、気付けば十一月の中旬になっていた。そうして怪異について調べていくうちに、怪異の正体のような事が分かった。図書室で古文書から分かったことをメモにまとめていく。
怪異の名前は"心喰い"といって、取り憑いた相手の願いを一つ叶えてくれる。だけど、それで終わるような都合の良い怪異なんかじゃなかった。取り憑いた相手に悪夢等を見せて、心身を弱らせた後に取り憑いた相手を自殺に導くという、性格の悪いやつだったのだ。
昔からこの地域にいたようで、多くの人を自殺に導いたらしい。そして厄介なことに、憑かれている人が死なないと、この怪異は死なないとも書かれていた。怪異を殺せるなら殺したい。悪人みたいな思考かもしれないけど、お母さんとか、瀬里に害をなすなら他の人が死んでも私はどうでもいい。
そんな怪異で頭が一杯になっている時に、急に声をかけられた。思わず目の前にある古文書とメモを隠す。声をかけてきたのは瀬里だったので話を聞くと、プリントを届けに来てくれたのだという。本当に瀬里は優しいな。
そんな瀬里には怪異なんて知らせて余計な心配をかけたくなかったので古文書とメモを隠し続ける。プリントを受け取ろうと席から立ち上がったその時、私は思わずバランスを崩してしまった。
「柚?! 大丈夫?」
「たっ、助かった!!」
とっさに受け身をとったため、怪我をすることはなかった。よかったと思いつつ、瀬里に心配をかけて申し訳ないと思っていると、かすかに場の空気が静かになったように感じた。原因は瀬里の一言で直ぐ分かった。
「……ねぇ。これ、なに?」
瀬里が震えた声でそう言いながら、あるメモを私に見せた。怪異についてまとめたメモだ。さっきの衝撃で机の上かは落ちたのだろう。私は、ただでさえ苦しそうな瀬里に、怪異についてを知って欲しくないので必死に誤魔化そうとすると、先に瀬里が聞いてきた。
「なんでこんなの調べてるの?」
私の目を捉えながらそう言う。なんで……なんで瀬里はそんなに悲しそうな表情をしているんだろう。
「その……ただ、気になったからだよ?」
完全に嘘というわけではない。だからこそこの言葉を選んだのだが、瀬里は少し怒ったような、悲しいような、見たことない雰囲気をまとっていた。そして、同時に私を信じていないというのが伝わってくる。思わず私は声を張り上げた。
「本当に気になっただけなんだって!」
そして私は本心からくる一言をまた叫ぶ。
「それに怪異なんて殺した方が良いじゃん!!」
その場が驚くほど静かになった。瀬里はうつむいており、表情が読み取れない。数秒後、沈黙を破るように瀬里が聞いてきた。
「ねえ柚。それ、本気で思ってるの?」
もう言い訳を考えるのも、瀬里に取り繕うのも面倒になった私は、瀬里からの質問に正直に答えた。
「本気に決まってんじゃん! 被害者を増やさないためにも!!」
そこまで言うとハッとする。感情のままに言ってしまった。それに、瀬里の考えなんてなにも聞いていない。駄目だ、冷静にならないと。きっと瀬里にだって事情があるんだ。そう自分に言い聞かせると、瀬里は図書室から出ていこうとしていた。
何故だろうか。この時私の勘がこのまま行かせてはいけないと言っていた気がした。先程冷静にならなきゃと言ったばかりなのにまた感情に任せて行動し、瀬里の腕を掴んだ。こんなんじゃ駄目だと、心のどこかで分かっているのに。
「待ってってば!!」
そうして掴んだ手は、あっさりと振り払われてしまった。私は思わず尻餅をついてしまう。そんな私に気付いたのか、瀬里が私の名前を言いながら、こちらに体を向けた。今までで一度も聞いたことのない、とてもか弱い声だ。
その声を聞いて、私は余計に疑問に思った。いくら瀬里が私のしようとしていることを知らないからといって、怪異を殺すことに反対なんだろうか。私は瀬里やお母さんのような大切な人相手なら、怪異に憑かれてる人を殺すことだってしても構わないとすら思えるのに。
「なんで分かってくれないの……」
思わず、ポロリと口からこぼれた。その言葉は、瀬里の耳にしっかりと拾われたようだ。
「ふざけないでッ!!」
また、今までで一度も聞いたことのない声を聞いた。そして、一瞬目があった後に瀬里は図書室を後にしてしまった。
一人になった図書室で、私はまた疑問に思ってしまった。どうして瀬里は……一瞬目があった時あんなにも辛そうな顔をしていたの? どうして今にも泣きそうな、とても苦しそうな顔をしていたの? 答えがでないであろう疑問は、今の私の頭を支配していた。
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