底の色

朝吹

底の色


 発熱が続いている間、海月くらげが瞼の裏を漂っていた。一つや二つではない。熱のみせる幻だ。

「出発だ」

 塹壕の中で病み上がりのぼくは頷き、銃を支えにして何とか立ちあがった。

 一面の瓦礫。遥か先の町はずれでは、生徒たちが教師に引率されて避難しようとしている。


 ポーリュシカ・ポーレ。野原、広大な野。英雄が通り過ぎる、過去の英雄が……。

 唄の続きは何だっけ。

 ぼくたち今日は見張り番……。


 

 小隊に一つきりになってしまった四角い鏡を借りて、岩陰で久しぶりに髭を剃る。のんびりとした白い雲には亀裂。骨から肉を削ぐような風が吹いている。携行兵糧も一度温めないと、石ころのようだ。

「お前、熱があるあいだ、海月を見たと云っていたよな」

 休憩中の男が煙草を挟んだ指で空を指した。

「ほら」

 落下傘部隊が次々とグライダーから降下しているところだった。距離が遠すぎて海月というよりは砂粒だが。

「友軍か」

「残念、はずれ」

 双眼鏡を降ろしたぼくたちは大急ぎで本隊に戻って報告した。

 戦場の色は灰色。泥土に倒れる者。鉄の黒。

 逃げ惑うようにそよぐ草。

 鏡を岩場に置き忘れてしまった。そこだけが脱出先を水色に映し出す。死んだ兵士たちの指紋が刻まれた小さな鏡。



[了]

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底の色 朝吹 @asabuki

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